第50章:ピンクの傘を選んだ日|翻訳者としての30年とAI時代の面接試験

小雨の日に差した明るいピンク色の傘

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翻訳者に残された道

日米通算で30年近く通翻訳業に携わってきたが、最近翻訳単体の求人が見当たらない。かろうじてあるのは通翻訳だ。言語障害のある私ができるのは翻訳のみ。つくづく、自分から英語を取ったら何も残らないことを実感している。昔は「英語ができれば一生仕事には困らないね」と羨ましがられたものだ。

30年前、機械翻訳は「翻訳者の仕事を増やすもの」だった

昔の話になるが、機械翻訳が出始めの頃、翻訳会社以外で導入するところは少なかったと聞く。実は私は当時、帰国後初めての職場となる証券会社に勤めていた。新人だったため、その機械翻訳の導入の手配をした。担当の人に会社まで来てもらってデモンストレーションをしてもらった。

その翻訳機にはまだ何のデータも入っていなかった。会社の訳語だけでなく、全ての訳語や訳文を自分たちで入力しなければならなかった。当然、翻訳者の仕事が増える。そして、その労力が効率化につながるまでには数年かかると見積もられた。結局、その導入の話は白紙になった。

30年後、今度はAI翻訳が翻訳者を追い越していく

ここ数年のAI翻訳の進化は凄まじい。その勢いは増すばかりだ。数日後に、すでにさらに進化したAIが公表される可能性は低くはない。誰も予想しなかったようなことすらこなしてしまうAIが出てきてもおかしくない。

そして、何よりもAIは一度学んだ単語は一生忘れない。最近物覚えが悪くなったと自覚する私とは大違いだ。敵うわけがない。

3日前まで働いていた会社を紹介してくれた派遣会社にも応募した

3日前に終了した仕事を紹介してくれた派遣会社が、IR関連の翻訳および翻訳チェッカーを募集していたので応募した。すると、随分前に現場まで付き添ってくれた新人の担当者だった女性が、今や役職付きになっていた。その人から丁寧な断りの連絡がきた。正社員登用前提の紹介予定派遣なので、入社後長く活躍できる人を採用したいという趣旨のことが、丁寧に説明されていた。

昨日行ったハローワークでも、年齢のために応募できない案件が複数あった。もちろん、翻訳の仕事ではない。英語を使える業務で探してもらった。

母国語が英語の某大使館で募集があり、私の条件にピッタリ合うと、その案件を印刷してくれた。応募条件は、英語必須、年齢は不問。しかし必要要件を詳しく読むと、「25キロほどの荷物が持てること」という謎の記載があった。なんのことはない。大使館内にあるコンビニエンスストアの店員の募集だった。私は5キロのお米の袋がどうにか持てる程度の筋肉しかない。年齢は不問。しかし必要要件を詳しく読むと、「25キロほどの荷物が持てること」という謎の記載があった。

なんのことはない。大使館内にあるコンビニエンスストアの店員の募集だった。私は5キロのお米の袋がどうにか持てる程度の筋肉しかない。

翻訳学校の生徒は全盛期の8分の1以下に

「翻訳者養成スクールの生徒が減っている」。通翻訳学校に勤務する友人から聞いた業界の変化にも納得する。全盛期と比べると、スクールに通う生徒は1/8まで落ち込んでいるそうだ。それで学校ではあの手この手と、英語に関連する別の何かを教える方向を模索しているそうだ。AI、AIアノテーション、ポストエディットなど。

実は数ヶ月前に、私も通翻訳学校で1日完結のCATツール(Computer-Assisted Translation Tool:翻訳支援ツール)のクラスを受講した。学校側だけでなく生徒も、翻訳だけではもう生き残れないことに気づいており、お互いに必死なのだ。

TOEIC990点でも仕事は簡単に見つからない?

「英語ができれば仕事がある」という時代ではなくなった。ハローワークの学校のパンフレットにも、以前はさまざまな種類の英語やTOEICのクラスがあったが、今は1つもない。その代わりにAIやプログラミングのクラスで溢れかえっている。当然、若い人向けのクラスだ。

「中高年向き」と記載のあるクラスは、今更感が否めない、ひと昔前だったら有益だっただろうというクラスばかりだ。シニア向けのコーナーもあるが、介護、セキュリティーガード、マンションの管理人、お決まりの仕事しかない。

面接前に電話をかけたのは、翻訳会社ではなく美容院だった

今日、私は翻訳会社の面接を受けに行った。「乳がんの疑いがある」と昨日言われたばかりの私は、正直なところ、理由をつけて延期してもらおうかと思った。泣いたため目は腫れているし、睡眠不足のため顔色も悪い。しかし、一昨日まで働いていたため、1度すでに延期をしてもらっている。

気分はどん底だったが、一か八かで電話をかけた。翻訳会社ではない。美容院にだ。私を担当してくれる美容師さんは時短勤務で固定客が多いので、予約を取るのに3週間も待ったことがあるほどだ。予約が取れなかったら面接は辞めても良いとさえ思った。それなのに、予約が取れてしまった。ほんの15分前にキャンセルが出たそうだ。

自宅から5分ほどの場所にある美容院へ走って行った。そして、髪を切ってもらいながら、乳がんの可能性があるという話をした。すると、彼女も再検査になったが、何もなかったことがあると言う。しかし、片方の乳房だけだ。それでも少し気分が晴れた私は、面接に行くことにした。小雨が降っていて、なんだか私の気持ちを反映しているようだと、明るいピンク色の傘を選んだ。

試験の途中で気づいた、致命的なミス

私の応募するポジションは翻訳ではなく、翻訳チェッカーだ。まず試験を受ける。1時間の試験の最初の問題が、その会社への応募動機だった。WORDで1枚のスペースがあったが、3行ほど記載して、次の日本語の和訳のページに移った。

英訳ばかりしていたので、和訳の試験に戸惑った。しかも辞書もインターネットも使えない。20年以上前でも、翻訳の試験では辞書が使えた。その和訳の次のページがチェッカーの試験だった。最初に原文の日本語があった。しかし、私はこの原文にもチェックを入れてしまった。あまり優れた日本語ではなかったからだ。

そして次は、英語の誤りにチェックを入れるページだった。この英語は前のページの日本語を英訳したもので、間違いを探すようにとの指示があった。WORDだったので、どうすれば良いかと悩みながらも、誤った箇所を書いて、その後に正しい英訳を書いた。

全部できあがった時に、問題文に「修正履歴をつけて、訂正した理由をコメントとして残すように」という記載があった。あー、やってしまった。ケアレスミスどころの騒ぎではない。時間的にも余裕はなかったが、できるだけ修正履歴を付けようと思った。しかし、久しぶりのWORDで、修正履歴もコメントの付け方がすぐにはわからなかった。速攻で諦めた。ここで頑張っても、乳がんだったら仕事なんてできないという言い訳を、心の中でした。

ズケズケと直球な質問をする、中国人の面接官

その後、面接があった。担当者は中国人の女性だった。メールのやり取りをしていたのだが、外資の会社なので通常通り、履歴書には誕生日を記載しなかった。しかし、メールが来て誕生日を教えてほしいという。非常に直球的な聞き方だった。

2回目のメールでは、日程と時間が記載されていて、面談をするので来てほしいと書いてあった。こちらの予定を聞かないなんて横柄だと思ったが、日本人ではないことや、メールの日本語のミスに気がついていたので、悪気はないのだと理解した。その日は就業中なので、今日に変更してもらったら、すぐに時間を変更してほしいというメールが来た。時間の変更に応じる旨返信したが、それに対するメールは来なかった。

話す日本語にも多少の問題はあった。時々通じない単語があったので、英語まじりの面談になった。「なぜその歳になるまで働くのか?」と聞かれた時は驚いたが、「まだ定年前ですよ」と笑って答えた。中国での定年は男性は60歳で女性は55歳だそうだ。早めに退職しても孫の面倒を見る仕事がある、と話していた。

一歩間違えばセクハラになりかねない質問の数々

「子供はいないのか」など、一歩間違えばセクハラになりかねない質問もあった。「病気してませんか? 薬を飲んだりしていませんか?」と聞かれた時には答えに戸惑った。きっと健康かどうか聞きたいのだろうと推測し、「薬は飲んでいません」と答えた。「風邪はひきやすいか」とも聞かれたので、こう答えた。「特別健康でも特別身体が弱いわけでもなくて、普通に風邪もひきますし、体調も崩します」。質問に嘘をつかずに正直に答えられてほっとした。

それにしても、ずいぶんとズケズケといろいろなことを聞く人だなとは思った。ただ不快には思わなかった。たどたどしい日本語のせいだろうか。そして最後に「給料はいくら欲しいか」とまたしても直球の質問を投げられたので、「御社ではどのくらいをお考えですか」と聞き返した。もちろん募集要項には記載があったが、あまりに幅があったのだ。「経験に基づいて決めさせてもらう」と言うので、こう聞いた。「それではテストの結果を見て、合格でしたら再度交渉をするという流れで良いでしょうか」。それで良いと言って、面接は終わった。

「翻訳の仕事がない」ことが透けて見えた会社の内情

その会社には彼女と中国人の男性とフランス人の女性の3人しかいなかった。「多国籍と伺っていますが」と社員数を暗に尋ねたが、「以前はアメリカ人、イギリス人、ロシア人もいたけれど」と言って言葉を濁した。「在宅の人も多いのですか」と聞いたら、「在宅の人も病欠の人もいるけど、社員数は今は多くはない」と言う。

HPには50名と記載があったが、そんなにはいないのではないかと推測している。なにしろ、翻訳の仕事がないということは、翻訳会社への翻訳の依頼が減少していることは容易に予測できる。

今からなら何を学ぶ? 英語以外に必要なスキル

若ければAIを学ぶのが良いのだろう、今は。でもこのブームがいつまで続くかはわからない。今、アメリカの巨大テック企業の従業員がリストラの嵐の中にいるニュースを聞くと、永久に保証される仕事など何もないと思う。

トップを走るのではなく、トップを走っている人が成功していたら、その一団に遅れずに後をついていきたい、というのが私のささやかな願いだ。しかし、年齢の壁が存在する限り、その願いは叶わないだろう。

30年間翻訳をしてきた私が、今から若かったら何を選ぶ?

今まで天職だと信じて翻訳業を長年続けられてきたから言えるのだが、安定した仕事よりも、本当は好きな仕事を見つけることの方が重要だと思っている。でもそれでは生活できない。

幸い、今は副業が許される時代だ。嫌いではない分野で生活ができる給与を得られる仕事を選び、副業として好きなことをするのが良いだろう。いずれ副業が本業になるかもしれない。全くつまらない答えだが、私に子供がいたら、やはり安定した職業に就いてほしいと思うだろう。

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