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英語が話せるようになれば、世界中の人とコミュニケーションできる——そう思っていた時期があった。でも実際はそう単純ではなかった。英語といっても、アメリカ英語、イギリス英語、オーストラリア英語、インド英語、スコットランド英語、話す人の数だけ「英語」がある。
大阪弁がわからない外国人と同じこと
日本語を学んだ外国人が、標準語はわかるのに大阪弁になった途端に理解できなくなる—そんな話を聞いたことがある。英語の世界でも、まったく同じことが起きる。
私はウィスコンシンの大学生活とニューヨークでの勤務生活を通じてアメリカ英語にはすっかり慣れた。でも、それはあくまで「アメリカ英語」に慣れたということ。他の国の英語となると、話は別だった。
インド人の会議室での衝撃
ある時、インドの会社との取引でミーティングがあった。会議室に入ると、二人のインド人男性がすでに席についていて、互いに会話をしていた。
「現地の言葉で話しているのだろう」
そう思って、会話が終わるのをしばらく待っていた。すると一人が私に向かって言った。
「なぜ会話に参加しないのですか?」
「えっ。」
二人は最初から英語で話していたのだった。インド英語のリズムとイントネーションが、私の耳にはまったく別の言語として聞こえていた。あの瞬間の驚きは、今でも忘れられない。
スコットランドで15分の「準備時間」を要求した通訳者
通訳の仕事をしている友人から聞いた話だ。
スコットランドへの出張で現地の方々と会議をすることになった。ところが、スコットランド英語があまりにも聞き取れない。彼女はその場で、こんなお願いをしたという。
「会議の前に15分時間をいただけますか」
その15分で、スコットランドの方々と雑談をしながら発音の特徴やリズムを耳に馴染ませた。そうして「準備」を終えてから、ようやく本番の会議に臨んだ。
プロの通訳者でさえ、耳を慣らすための時間が必要なのだ。
ベテラン通訳者も理解できたのは1/3
さらに驚く話がある。首相の通訳も務めたという、業界の大先輩の体験談だ。
東南アジアのある国の地方大学で、農業に関する国際会議の通訳を担当することになった。ところが、現地の研究者が話す英語が、どうしても聞き取れない。理解できたのは、全体の3分の1ほどだったという。
通訳の鉄則は「話者の発言が終わったらすぐに訳す」こと。話者が話し終えると、会場の参加者全員が一斉に通訳を見つめる。なのに、言葉が出てこない。「あれほど恥ずかしい思いをしたのは生まれて初めてだった」と、その大先輩は話していた。行き詰まった末に頼ったのが、その大学に数年勤務していた日本人だった。
彼は英語がとりわけ得意というわけではなかった。でも現地の人が話す英語のアクセントには慣れていた。結果として、英語の専門家よりも「現地英語の専門家」が会議の鍵を握った。
英語力と、特定のアクセントへの慣れは、まったく別のスキルなのだと気づかされる話だ。
母の愛が生んだ「ハイソサエティ英語」
私のいとこは日本人だが、アメリカ育ちで母語は日本語ではなく米語だ。ところが彼女はイギリス人男性と結婚し、イギリス英語を一から学ぶために多くの時間とお金を費やした。
理由は、息子のためだ。
息子は生まれた時から父親そっくりで、アジアの血が混じっているとはまったく見えない、金髪の白人に育った。いとこが息子を連れて公園やスーパーに行くと、周囲の人たちは彼女を乳母だと思うらしかった。イギリス人にはフィリピン人など、東洋系の乳母が多い。
息子に肩身の狭い思いをさせたくない。その一心で、彼女はイギリスの上流階級が話すような、いわゆる「ハイソサエティ英語」をマスターした。
完璧なクイーンズ・イングリッシュを話すアジア系の母親。それだけで、周囲の見る目が変わる。母親の愛情とは、かくも強いものだと思った。
「英語ができる」とはどういうことか
英語を話せることと、あらゆる英語を理解できることは、まったく別の話だ。
アメリカ英語に慣れた耳がインド英語を聞き取れないのも、首相の通訳をするほどの大ベテランが地方の英語につまずくのも、不思議なことではない。言語は生きていて、地域ごとに育ち、変化する。
世界の英語話者の数は15億人以上とも言われる。そのうち、いわゆる「ネイティブスピーカー」はほんの一部に過ぎない。むしろ英語は今、さまざまな訛りと発音を持つ人々が、それぞれのスタイルで使う言語になっている。
英語ができる、ということは、その多様性を受け入れる準備ができている、ということなのかもしれない。
世界各国のネイティブ講師と話せるキャンブリーのような
サービスで、いろんな発音に慣れておくのも一つの手だと思う。
このブログでは、1980年代のニューヨーク生活や帰国後の体験について書いています。他の記事もぜひご覧ください。



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