一生勉強は続く——そう気づいてからも、勉強が終わることはなかった。
翻訳者として10年以上専門学校に通い続けた頃、世界の最重要課題は地球温暖化へと移っていた。金融の世界でもサステナブルファイナンスへの注目が急速に高まっていた。私が所属していたのは信用格付け会社のサステナブルファイナンス評価本部。アナリストではない通翻訳者だったが、専門知識なしには仕事にならない。会社に頼んで、東京大学大学院の夏期講習「サステナブルファイナンス」を受講することにした。
入学面接——20年ぶりの再会
入学試験は面接だった。経歴書を提出し、zoomで面接室に入ると、面接官の一人が私の経歴書に目を止めた。
「自分もその頃、同じ銀行で働いていたんですよ」
別の部署にいた、年上の方だった。NYの銀行での日々が共通の話題となり、面接は嫌でも盛り上がった。それが合格の一因だったと思っている。もう一つの理由は、20人の定員のうち女性がわずか5人だったこと。女性が少なかったことも、多少は有利に働いたのではないかと今でも思っている。
プロの集団に一人だけ紛れ込んだ素人
クラスメートは金融機関やメーカーのサステナビリティ担当者、まさにプロの集まりだった。私だけが通翻訳者で、サステナブルファイナンスについてはずぶの素人だった。
全体像をつかむためにまず手に取ったのがこの一冊。
サステナブルファイナンス原論 単行本 – 2020/9/8
個人的に興味を持ったのは昆虫絶滅 単行本 – 2023/12/5
予習にも復習にも人の何倍もの時間がかかった。課題のレポートは1枚書き上げるのに1週間かかることもあった。授業の録画を何度も繰り返し見て、ようやく言葉の意味を理解し、自分の言葉でまとめる。その繰り返しだった。
レポートを5分で書き上げたクラスメート
ある日、授業が終わりQ&Aセッションが始まったとき、目の前に座っていた男性が突然PCをものすごい勢いで打ち始めた。そんなに重要な話でもないのに、なぜだろうと不思議に思い、思い切って聞いてみた。
「レポートを書いて、提出しました」
空いた口が塞がらなかった。
私が授業の録画を何度も見返し、1週間かけて書き上げるレポートを、彼は5分で書き上げて提出済みだという。
理由を聞いて、なるほどと思った。奥様が妊娠中で、いつ産まれるかわからない状態だったのだ。いつ病院に駆けつけることになっても対応できるよう、レポートには時間をかけないと決めていたのだという。
プロとはそういうものか、と思った。知識と経験が土台にあるから、5分で本質をつかめる。私が1週間かけてたどり着く場所に、彼は5分で着いてしまう。
あっという間に夏は過ぎた
仕事を早退して通学し、山のような課題図書とレポートと格闘しながら、夏はあっという間に過ぎた。
バイリンガルであることは入り口に過ぎない。専門知識、資格、経験——それらを積み重ねて初めて「翻訳者」と名乗れる。NYの銀行員を経て、54人もの人とお見合いをして、専業主婦を経て、翻訳者となり、そして東大大学院の夏。
一生勉強は続く。それはもう、疑いようのない事実だった。



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