第6.5章:挫折しかけた留学生活──大学時代に2度、本気で帰国を考えた理由

*この記事にはアフィリエイトが含まれている可能性があります。

今でこそこうして留学経験を語っている。しかし実は2回、「明日の朝、日本行きの航空券を買おう」と思ったことがある。「もう頑張れない」と、心底そう思ったのだ。

1度目:美術史の試験前夜

カーペットに突っ伏した夜

美術史の試験の前日の夜だった。季節は冬。図書館から帰宅し、自宅のデスクの上に目を通さなければいけない本を積み上げた。その瞬間、こんなに読めるはずがないと思った。

徹夜しても無理だ。そこで、要点だけ、重要な箇所だけ読めばいいと考えた。しかし、その箇所を探すのにも時間がかかる。

そのまま床に座り込んだ。気がつくと、床に敷いてあるカーペットに突っ伏して泣いていた。涙も嗚咽も止まらない。

「明日帰国しよう」

荷物は全部置いて、とりあえず飛行機に乗ってしまおう。そして、ゆっくりと眠ろう。目を覚ませば日本だ。卒業のことは気にかかった。だが、1学期休学すればいい。先のことは、それから考えよう。とにかく今は、眠りたかった。

友人からの電話

そんな時、友人から電話がかかってきた。

「勉強すすんでる?大丈夫?」

優しい言葉に、涙が次から次へと頬を伝う。明るく「大丈夫」と答えた。しかし、自分でも声が変だと思った。当然、相手にも伝わらないわけがない。

「泣いているの?」と聞かれ、「ちょっとだけ、でも大丈夫」と答えた。

すると彼女はこう言った。

“It is not the end of the world.”

大したことないよ、という意味だ。しかし私は、その言葉を文字通り受け止めた。そうだ、別に世界が終わるわけじゃない。「そっちに行こうか」と言ってくれたが、そのころには私の涙はすっかり乾いていた。「大丈夫。ありがとう、明日の試験がんばろうね」。そう言って電話を切った後、コーヒーを淹れ、ゆっくりと飲んだ。心が温まった。明日までの時間が増えたわけではない。それでも、どうにかなるような気がしてきた。

迎えた試験当日

友人には、徹夜をせず少しは仮眠を取るように言われた。しかし、気がついたら朝になっていた。コンタクトレンズを入れられないほど目が疲労していたため、メガネのまま大学まで運転して行った。

教室に入ると、昨日の友人はまだ来ていなかった。そこで私は、絶対に覚えることリストを頭に叩き込む作業に集中した。幸い、得意な範囲が出されたので、どうにかなった。終わった瞬間、大きなため息が出た。

2度目:孤独と向き合った冬の夜

孤独を感じた夜

2回目は、寒い冬の夜だった。やはり試験の前日。なんだかやる気が出ない。そんな余裕もないのに、窓の外を見ていた。暗くて寂しい風景に見えた。すると、いきなり孤独を感じたのだ。

なぜ一人暮らしを選んだのか

高校時代から一人暮らしを経験していた私は、ホームシックにはならないと思っていた。実際、渡米直後は毎日が珍しくて楽しく、ホームシックになる暇もなかった。寮生活も楽しかった。しかし、勉強には不向きだった。なにしろうるさい。集中もできない。そのため、ルームメートのいない一人暮らしのアパートを選んだ。

そして、1年以上が経った今。ホームシックか、と問われれば、たぶん違う。日本に帰国したいというより、ここから逃げ出したかった。何もかも忘れて、太陽の下で休みたかった。読んだり書いたりすることから離れたかった。暖かい国の海で泳ぎたい、そう思った。

迎えた英語の試験

明日は英語の試験だ。日本で英語が得意な人でも、生まれた時から英語を耳にしているアメリカ人と同じ土俵で勝負をするのは難しい。だから、普段から毎回の単語の小テストでは満点を取り続けていた。中間・期末テストをカバーするためだ。単語を覚えるのは簡単だ。どのテストでも、覚えることが一番容易い。問題は、その覚えたことから自分の考えを反映させることだった。

英語の試験は、他の科目と違って細かいスペルミスも許されない。文法も間違えられない。核となる考えがまとまっていないうちに書き始めると、机の上は消しゴムのカスで溢れる。そこで、焦らないように時間配分を考え、できる限りのことをした。わからない単語もあった。しかし、前後の文章で類推して回答を導いた。褒められる成績ではなかった。それでも、どうにもならない成績でもなかった。留学生は英語のクラスを落として再受講すると聞いたことがある。だから、私は運が良かったようだ。

今だから伝えたいこと

今振り返ると、あの2度の夜に共通していたのは「英語力不足」だった。単語は覚えられても、それを瞬時に使いこなせる自信がなかった。そのため、試験前になると必要以上に不安が膨らんだ。読解力にも難があった。

もしあの頃、日常的にネイティブと話す習慣があったら、どうだっただろう。机の上でひとりスペルミスに怯えることも、単語テストで満点にこだわりすぎることもなかったかもしれない。「使って覚える」英語に、もっと早く出会いたかった。

そこで、今、当時の自分に薦めたいのは、オンライン英会話で英語を「生きた言葉」として使う練習をしておくことだ。たとえば、Camblyは、ネイティブ講師と好きな時間にマンツーマンで話せる。そのため、机の上の勉強だけでは得られない「とっさに言葉が出てくる」感覚を養うのに向いている。

留学前、あるいは留学中の今からでも、「話す練習」を日常に組み込むこと。それが、机にかじりつく夜を減らす一番の近道だと思う。

最後に:あの日の絶望が教えてくれたこと

当時の若い私にとって、あの2度の夜の絶望は、まさに世界が終わるかと思うほどの大ごとだった。

しかし、それから長い年月が経った。50代・60代とキャリアを重ねる中で、私は思いもよらない「舌がん」、そしてその後の「がんの転移」という本物の命の危機に直面することになる。

何度もPCやスマホで舌がんの情報を検索した。しかし、そもそも舌がんは日本人には珍しい病気だ。そのため、情報を得ることすら難しかった。特に病気になった場合、情報がないことほど怖いことはない。孤独と絶望にまみれたあの過酷な入院生活を終え、完全な寛解を迎えるのは2031年の予定だ。私は今もなお、療養と言語聴覚士とのリハビリを続けている。

それでも、社会復帰に向けて一歩ずつ活動を再開している現在、振り返って強く思うことがある。

「あの留学時代に泣いていた夜の絶望なんて、生きてさえいれば、大したことではなかったのだ」と。

人生には、その時々で形を変えた大きな壁が何度も立ちはだかる。もし今、留学や日々の生活で「もう目の前が真っ暗だ」と感じているのなら、私が今まさに病と向き合い、リハビリを重ねている日々の記録も読んでほしい。もし、あなたの心の荷物を少しだけ軽くできるなら、こんなにうれしいことはない。

第38章:舌がん宣告と手術|仕事と健康とどちらが大切ですか?

第40章:転移と再手術|やっと光が見えた矢先に

あとがき

たった2度だが、明日航空券を買おうと思ったことがある。「もう無理、もう頑張れない」。初めてカーペットに突っ伏して泣いた時の匂いは、いまだに忘れられない。少し洗剤の匂いがした。

コメント