第23章:帰国したら段ボール箱いっぱいの縁談写真が届いた|元NY銀行員が54人とお見合いした話【前編】

はじめに

30代になり、NYでの銀行員生活に区切りをつけ、帰国を決めた。両親や親戚からの結婚プレッシャーと、自分自身の焦り。「結婚しなければ」という思いが重なっていた。

手ぐすね引いて待っていた親戚たち

私には年上のいとこが11人いて、全員がお見合い結婚だった。帰国直前に1歳年上の従姉妹の縁談がまとまり、私が帰国した時には親戚やその友人たちが手ぐすね引いて待ち構えていた。

まず日本語の書き方から

しばらく書くことのなかった日本語の書き方を学び直すことから始まった。当時、経歴書は自筆でなければならなかった。便箋と封筒は鳩居堂で揃えた。 経歴書には自分だけでなく、家族の最終学歴まで記載する必要があった。

趣味欄の「旅行」は有無を言わせず削除

趣味欄に「旅行」と書いたところ、「遊び人と思われるから」と削除させられ、代わりに「編み物」と書かされた。嘘にならないよう、編み物教室にも通わされた。

お見合い写真は東京で

神戸の写真館でお見合い写真を撮影したが、親戚やお見合いおばさま方からの評判が悪く、東京まで撮り直しに行くことになった。

段ボール箱いっぱいの写真と経歴書

やがて段ボール箱いっぱいに相手の男性の写真と経歴書が詰められたものが届いた。1ダース以上あり、この中から3人を選ぶこととなった。この作業が難航した。 海外勤務になる人が多く、中には1ヶ月以内に出発する人もいた。英語ができるお嫁さんを求めているようで嫌気がさした。こちらは帰国したばかりなのに、また海外というのは気が進まなかった。帰国子女、留学経験者、これから駐在する予定の人が多数を占めていた。

職種もさまざま

お見合いの相手は会社員、医師、弁護士、会計士、お坊さん、経営者とさまざまだった。中でも印象に残っているのは開業医の男性だ。両親も開業医で、海外の患者が多いため英語ができる人を探しているとのこと。さらに「医療事務の授業料を出すので資格を取得してほしい」と言われた。お嫁さんではなく従業員を探しているのだと思った。

次回予告

次は実際のお見合いのエピソードをお伝えします。

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