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ある大型企画にアシスタントとして立ち会った話
旅行会社に勤めていた頃、社運をかけた大きな企画にアシスタントとして参加したことがある。大手結婚相談所との共同プロジェクトで、タイトルは
「ニューヨークで出会って、ニューヨークで恋をして、ニューヨークで結婚して、ニューヨークで暮らそう」
つまり、日米在住の男女による集団お見合いだった。
女性は日本から参加し、男性はニューヨークの駐在員などNY近郊在住の日本人。空港からホテルに移動し、少しだけ休息を取った女性たちは、やがて旅行会社の会議室に集まった。総勢20人。彼女たち全員分の航空券とホテル代は会社が手配し、自由時間には契約先のレストランやお店へと案内する。薄利多売の旅行業界にとって、これは決して小さくない利益だった。
会議室に集まった女性たちは、これから会うNY在住の男性を思って胸を膨らませ、精一杯のおしゃれをしていた。誰もが笑顔で、目がキラキラしていた。
その姿を見ながら、私は罪悪感に苛まれていた。
実は、男性側の人数が集まっていなかったのだ。
集まらなかった男性たち
駐在員というのは、既婚者やすでに婚約者がいる人が選ばれることが多い。慣れない海外で多忙を極める彼らには、家族の支えが必要だからだ。実際、独身のまま精神を病んで帰国していった人たちを見てきた。中には「お見合い帰国」なる制度を導入している会社もある。会社が航空券を出し、お見合いのためだけに独身男性を一時帰国させるのだ。
さらに、ニューヨークの駐在員は日本人留学生の女性たちに非常に人気があった。そのうえ会社のこの企画は有料。申込者の数が少なくて上司たちは狼狽していた。
このままでは企画倒れになってしまう。困った会社が取った苦肉の策は、自社の社員、配車サービス会社、顧客を優先的に案内するホテルやレストランなど関連会社の社員やその友人を無料で参加させることだった。中にはすでに交際している女性がいる社員もいたが、社命とあっては断れない。
いくらなんでも、ひどすぎる。私は憤慨したが、インターンという立場ゆえ、何も言えなかった。
セントラルパークでの珍事
男女のグループはまずレストランで顔合わせをした。自己紹介がてら席替えをしながらランチを取り、その後セントラルパークへと移動。風船割りゲームや、スプーンの上にピンポン球を乗せて走るといった、いかにも「日本のイベント」らしい遊びに興じた。
周囲にはこの奇妙な光景を眺めている人たちがいた。「一体何をしているのか」と聞かれた私が「集団お見合い」と説明すると、彼らは肩をすくめ、呆れたように「クレイジーだ」とつぶやいた。
企画は3連休のイベントだった。こんな短期間でまとまるはずがないと私は思っていた。ところが意外にも、一組のカップルが誕生した。
一組だけ生まれたカップル
その男性は、旅行会社を頻繁に利用してくれていた〇〇省勤務の人だった。参加者のほとんどが東大卒という中、彼は今でいうMARCH出身。転勤ではなく1年間限定の出向社員だった。
人柄がよく、面白く、偉ぶった態度を一切取らない彼は、私たち女子社員にも人気があった。独身だったので、おせっかいな先輩社員が、「いいお嫁さんはいないか」と探していたほどだ。
彼とカップルになったのは、大手企業に勤める女性。友人に無理やり誘われて参加したのだという。育ちの良さそうな控えめな人で、精一杯おしゃれをした参加者たちの中で、彼女は公園にふさわしい涼しげなワンピースを着ていた。
最後で住所交換に至ったのは、この一組だけだった。それもそうだろう。何しろサクラの参加者が多すぎたのだから。
それでも、カップル成立には至らなくとも、NYでのショッピングを楽しんだ女性たちが、それなりに良い思い出を持ち帰ってくれたのだと信じたい。
その後
私がインターンを終えて銀行に勤め始めてしばらく経った頃、あの二人が結婚し、NYへ新婚旅行に訪れ、旅行会社に挨拶に立ち寄ってくれたと聞いた。とても嬉しかった。
あの二人ならきっとうまくいく。若かった私の目から見ても、二人は素敵な大人のカップルだった。
あの頃の集団お見合いと、今の婚活 あれから何年も経った。今思えば、あの企画はあまりに手作り感のあるアナログな婚活だった。航空券とホテルを用意し、セントラルパークで風船を割り、たった3日間で運命の相手を見つけろというのだから、無理もある話だ。 それでも、あの一組のカップルは確かに結ばれた。人と人が本気で向き合う場さえあれば、形はどうであれ縁は生まれるのかもしれない。 今は当時とは比べ物にならないほど、婚活の選択肢が増えた。真剣に結婚を考える人向けの結婚相談所も、オンラインで完結するサービスも充実している。もしあの頃の私が今の時代に婚活をするなら、こういうパートナーエージェントを頼っていたかもしれない。

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