映画オタクの告白
映画鑑賞が趣味で、ほぼ毎週末映画館に足を運ぶ。字幕翻訳者の名前を20人以上頭に入っているオタクだ。誰も気にしないエンドロールの字幕翻訳者の名前を、私はしっかり目に焼き付けている。
字幕翻訳の学校に行きたいとトライアルレッスンを受けたのは、もう22年も前のことだった。受講したいと思いながらも、仕事に直結する別の講座を優先し続けた。金融翻訳、IR翻訳、法務翻訳、東大大学院——やるべきことは山ほどあった。字幕翻訳はいつも「次回」になった。
オタクの私が特に好きだったのが、字幕翻訳者・太田直子さんの著書だ。彼女の本はすべて読んだ。実践的な技術書ではないが、言葉への愛情と字幕翻訳者の視点が詰まっていて読むたびに引き込まれる。その中でも特にお勧めな本を紹介したい。
字幕屋の気になる日本語
字幕屋に「、」はない (字幕はウラがおもしろい)
字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記
病気が開いた扉
AIの登場により翻訳の仕事が減り始めた頃、体調を崩し退職することになった。
病気になったのは不幸だった。しかし得たものも大きかった。22年越しの念願だった字幕翻訳の講座に、やっと通えることになったのだ。
プライベートレッスンで1.4年
体調も考えて、通常週1回のクラスを月2回のプライベートレッスンに変更した。繁忙期は休学を挟みながら、卒業までに1年4ヶ月かかった。
クラスメートがいないのは正直つまらなかった。しかし先生を独り占めできるという思わぬ特権があった。疑問はその場で全て解決できる。遠回りに見えたプライベートレッスンは、結果として効率的な学びの場だった。
1秒4文字の世界
字幕翻訳で最も難しかったのは字数制限だ。
字幕は1秒4文字が基本。「I love you」なら4文字——「愛してる」でぴったり収まる。ところが「She loves him」になるとどうなるか。やはり4文字しか使えない。しかし「愛してる」では誰が誰を愛しているのかが伝わらない。主語と目的語が変わっているのに、同じ字幕はつけられないのだ。
翻訳とは違う。エッセンスを抽出して、限られた文字数の中で字幕に息を吹き込む——それが字幕制作だった。それはどちらかと言えば、スピーカーの話の半分の時間で訳出をつける通訳の作業に似ているかもしれない。
勉強を始めてから困った癖がついた。街中に貼ってあるポスターを見るたびに、つい字数を減らすことを考えてしまうのだ。職業病とはこういうことか、と苦笑いしている。
トゥームレイダー2の洗礼
特に苦労したのが、いわゆる乱暴な言葉や汚い言葉だ。
男兄弟がいなかったこともあり、そういった言葉に縁がなかった。夫が丁寧な言葉を使う人だったことも影響していたかもしれない。アンジェリーナ・ジョリー主演の「トゥームレイダー2」は特に難しかった。画面の中で飛び交う言葉の数々に、何度も手が止まった。
上品な言葉しか知らない翻訳者が、スクリーンの向こうの荒々しい世界と格闘した日々だった。
狭き門、それでも諦めない
卒業後は1年間に3回、無料でトライアル試験を受けられる。合格すると仕事をもらえるチャンスになる。しかしその門は狭く、1度で合格する人は滅多にいないという。
トライアル試験の模試で出会った女性は、5年間も年に3回ずつ受験してまだ合格に至っていなかった。そのような参加者が多くいた。受験経験がないのは私一人だった。
ある生徒が講師に聞いた。「諦めどきはいつですか」と。
講師はこう答えた。「諦めなければ、必ず字幕翻訳者になれます」
やる気が出てきた。
22年越しの夢の先へ
金融翻訳、IR翻訳、法務翻訳、そして字幕翻訳。どの分野も「翻訳」という言葉でくくられているが、求められるものはまったく異なる。
字数の制約の中で言葉を選び、映像と音とリズムに合わせて息を吹き込む。字幕翻訳はまるで俳句のような作業だった。
22年越しの夢がやっと叶った。病気がなければ、この扉は開かなかったかもしれない。次はトライアル試験という新たな壁が待っている。一生勉強は続く。そのことを改めて思い知らされた。



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