※この記事にはアフィリエイトが含まれている可能性があります。
翻訳が天職だと信じていた
帰国して専業主婦業に退屈し、仕事を探そうと思った時、翻訳以外の選択肢はなかった。すでに大人になり、作家になるなんて夢だとわかっていた。翻訳を始めて、最初はうまくできなかったが、その時から翻訳が天職だと信じていた。そして一生の仕事を見つけられた自分を幸運だと思った。好きなことを仕事にできる人は少ない。それどころか、一生好きなことを見つけられない人もいる。私は恵まれている。このままずっと翻訳者でいられると思っていた。
機械翻訳が出てきた時も、その翻訳の低品質に苦笑したほどだ。ただ、データの入っていないシステムに会社特有の単語や頻繁に出てくる言い回しを登録する機械翻訳が出てきた時は、私が担当者になったこともあり少し警戒感を抱いた。日本語と英語を私たちで登録するのだ。整合性のある翻訳文ができると思った。しかし、これには莫大な時間がかかり、そのような作業に人を割り当てることに関して費用対効果が少なかったために、このシステムの導入は見送られた。正直ほっとした。その後、そのシステムが普及しなかったことを鑑みると、どこの企業もあまり価値を見出せなかったのだと思う。
真っ白い部屋に、私しかいない
仕事をしている時の私の集中力は凄まじい、とよく言われる。何度呼びかけても気が付かないからだ。私は翻訳を始めて数分経つと突然スイッチが入る。誰もいない真っ白い部屋に一人でいるように感じる。音もない静謐な世界だ。そこにはPCの前に座る私しかいない。周りのノイズも全く耳に入らない。とうとう、同僚たちは私に話がある時には私のPCの前を手で遮って、自分の世界に浸っている私を俗世界に戻す方法を取るようになった。声をかけても無視をし続ける私の耳元で大きな声で話しかけて、私が驚いて叫び声をあげたことがあるせいだ。
在宅で仕事をする時は必ずタイマーをかけてランチをとるようにしている。一度タイマーをかけ忘れて、帰宅した夫に声をかけられて、窓の外は暗いのにも関わらず「忘れ物?いってらっしゃい!」と言ったことがあるほどだ。朝、夫を送り出して、その後翻訳の仕事をしていて、そんなに時間が経っていることに気が付かなかったのだ。生理的な欲求もなかったのだろうか。謎である。驚いた夫はこの話をあちこちでしてしまい、私はちょっと変わった人だと思われるようになった。少し夫を恨めしく思っている。
私が集中するのは翻訳している時だけだ。そして翻訳中は誰にも邪魔をされたくない。若い頃は、翻訳中に関係のない作業を頼まれると、その依頼者を恨んだりしたものだ。学生時代も、苦手な勉強にはすぐ飽きてしまい、家庭教師にはずいぶん迷惑をかけた。現在、1ヶ月間だけの派遣先でも、真剣な顔で集中して仕事をしているから声をかけにくいと言われてしまった。思わず「怖い顔をしていますか?」と聞き返してしまったほどだ。本人に面と向かって「怖い」とは言えないとわかっていても、瞬間的に尋ねてしまった。実は以前も同様のことを何回か言われた経験があるからだ。
AIに奪われた天職
いずれ翻訳の仕事が人の手を離れる可能性はあると予測はしていた。でもそれは私の退職後以降だと思っていた。ギリギリ逃げ切れると思っていた。同年代の翻訳者たちも同じであった。
しかし、世の中はそんなに甘くない。AI翻訳が出てきたと思ったら、あっという間にAIに翻訳の仕事を奪われてしまった。全部ではないが、数年後には一次翻訳はすべてAIが担当することになるだろう。私の天職は泡の如く消えてしまった。このブログを次の天職の候補にしようかと半分本気で考えている最中である。



コメント