第22.2章:ニューヨークで痛感した「カップル社会」の現実

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ニューヨークに住んでいると、さまざまなことが日本と違うと気づく。食べ物、言葉、仕事のスタイル。でも、30代になって一番身に染みたのは、アメリカは「カップルが当たり前」の社会だということだった。


結婚式の招待状に書かれた「& Guest」

ある日、友人の結婚式の招待状が届いた。封筒を開けると、自分の名前の隣に小さく書かれている。

「○○ & Guest」

“& Guest”とは、招待状でよく使われる表現で、「あなたの名前+ゲスト(同伴者)」という意味だ。新郎新婦側がパートナーの名前を知らない場合や、「もし決まったお相手がいなくても、誰か親しい人と一緒に来てね」という配慮として書かれる。

つまり、「一人で来るとは思っていないから、誰かを連れてきていいよ」というメッセージだ。

女友達を誘っても構わない。でも当時のアメリカでは、こういった場には男性を連れて行くのが暗黙の了解だった。


カップル前提の社会で一人でいるということ

結婚式だけではなかった。

会社のクリスマスパーティも、基本的に二人で行くものだった。テーブルはカップルで囲まれ、会話も自然と「うちの夫は〜」「彼女が〜」という話になる。

20代の頃は、正直それほど気にしていなかった。

一人で来ていると、友人のご主人やボーイフレンドが気を遣ってダンスに誘ってくれる。そういう優しさも、当時はさほど気にならなかった。20代のうちは、「今はたまたま彼氏がいないだけ」というフリができるからだ。周りも、そう思ってくれている。自分でも、そう思っていた。

でも30代になると、少しずつ変わってきた。

招待状の「& Guest」を見るたびに、寂しさを感じた。クリスマスパーティで隣の空いた椅子を見るたびに、まるで「選ばれなかった人」というレッテルを貼られているような気がした。友人に気を遣われてダンスに誘われるたびに、ありがたいと思いながらも、その優しさがかえって胸に刺さった。

パートナーがいないことを責める人は誰もいない。でも、社会の構造そのものが「カップルを前提」に設計されていると、一人でいることが少しずつ「例外」のように感じられてくる。


ニューヨークで出会いを探すことの難しさ

ニューヨークに住む日本人として、正直に言おう。自力でパートナーを見つけるのは、思っていた以上に難しかった。

英語の壁もある。文化の違いもある。そして、アメリカ人の男性と日本人女性の間にある価値観のギャップも、思いのほか大きかった。

「ニューヨークは出会いの街」というイメージがある。確かに多様な人が集まる刺激的な街だ。でも、結婚相手を探すとなると話は別だった。


両親からの一言と、帰国の決断

そんなとき、日本にいる両親から連絡が来た。

「そろそろ日本に戻って、ちゃんとした人を探しなさい」

両親の条件は明確だった。結婚相手は日本人でなければならない、と。これは留学前からの条件だった。まだ18歳だった私にはそんな事はずっと先の話だと思っていたが、あっという前に適齢期を過ぎていた。

最初は少し反発した。でも冷静に考えてみると、確かにニューヨークよりも日本のほうが、独身の日本人男性は格段に多い。出会いの母数が違う。

お見合いという選択肢も、当時の私には「古い」と感じていた。でも、自力で探せずに30代になった現実を前に、「システムを使う」ことは、決して恥ずかしいことではないと思い直した。

こうして私は、ニューヨークを離れ、日本へ帰国することにした。


「カップル社会」アメリカから見た、日本の結婚文化

帰国してみて気づいたことがある。日本にもプレッシャーはある。「まだ結婚しないの?」という言葉は、アメリカにはない独特の圧力だ。

でも、日本にはお見合いや婚活という、出会いのためのインフラが整っている。アメリカの「自分で探すのが当たり前」という文化とは、アプローチがまったく違う。

どちらが良い悪いではない。ただ、どちらの文化も、「結婚」というゴールへの道筋が、その社会の価値観を色濃く反映している。

ニューヨークで受け取った「& Guest」の招待状は、今でもどこかに大切にしまってある。あの小さな文字が、私の人生の転機を後押しした気がするから。

現代なら、帰国しなくてもオンラインで相手を探せる時代になった。

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