第4章:アメリカの大学で授業が全く聞き取れないー留学初日の絶望と乗り越え方

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教授が話し始めた瞬間に悟った。全く聞き取れない。何を話しているのかさえわからない。顔色が青ざめていく自分を感じた。何が起こっているのだろう。あんなに勉強して、日本の英会話学校ではアメリカ人の先生とあんなに楽しく流暢におしゃべりを楽しんでいた私は、一体全体どこにいってしまったのだろう。英語力をどう身につけたかはコラム③ 受験英語しか知らなかった私がアメリカ留学して30年の翻訳者になった英語学習法4選にまとめているので参考にして欲しい。

暑いわけではないのに、汗が流れ落ちる。あらゆる神経という神経を耳に集中させた。身体全身が耳と化したかのようだった。そんな状態のまま、1時間のクラスはあっという間に終わった。結局、私は黒板に書かれたトピック以外に理解できた単語はひとつもなかった。

最前列に座っても、何もわからなかった

英語を集中的に勉強して、テストのスコアも出した。アメリカ人と肩を並べて授業を取る資格を得たはずなのに、何もわからない。焦った。

しかも、聞こえないだけではなかった。ボードに書かれた教授の殴り書きのような英語も読めなかった。教科書のどの部分を扱っているのかもわからず、頻繁に隣の人のテキストをちらちら見て、同じページを開き、同じタイミングでページをめくった。でも、わかったのは「今どのページを話しているか」ということだけ。内容は相変わらず、何一つ頭に入ってこなかった。

どうしよう。こんなはずではなかった。少なくとも半分以上は聞き取れると思っていた。こんな調子で、このクラスをパスできるのだろうか。

そこで、少しでも近くで聞けばわかるかもしれないと、藁にもすがる気持ちで最前列の真ん中に座っていた。しかし、当然のごとく無駄だった。単語がいくつか耳に飛び込んでくるが、意味がつかめない。周りのアメリカ人の学生たちはノートを取り、笑い、頷いている。自分だけが蚊帳の外だった。

勇気を出してノートを借りる

どうにかしなければと焦った私は、隣の学生にノートを借りようと思った。でも、何と言えばいい?「完璧な英語でなければダメだ」と思い込んでいた私は、「ノートのコピーを取らせてくれますか」というセリフを心の中で何度も繰り返した。そして授業が終わり、覚えたセリフをゆっくりと口にした。通じたようで、彼女はノートを差し出しながら何か言った。でも、わからない。

「もう一度ゆっくり話してくれますか?」と聞き返すと、笑顔で「次の授業のときに返してくれればいいよ」と言ってくれたような気がした。念のために「次の授業?」と繰り返すと、彼女は頷いた。

辞書と格闘した夜

一抹の不安を抱えながらも、ノートを借りてコピーを取り、寮に帰って紙の辞書を引きまくった。当時、電子辞書はなかった。言うまでもなく、インターネットも。

さらに、テキストもわからない単語ばかりだった。単語の意味がわかっても、今度は文法でつまづく。結局、何が書いてあるのかもわからない。1章を読むのに何時間もかかった。

そんな中、図書館で常にテキストと格闘している姿を見かねてか、ある日、顔見知りの学生にテキストを取り上げられたことがあった。図書館でバイトをしている子だった。言っていることはわからなかったが、ジェスチャーで「そんなに長時間読んでいたら目が悪くなるよ」と言われた気がした。彼女は大きく笑って、またカウンターに戻っていった。

終わらない勉強、眠れない夜

宿題、復習、予習。いくらやっても終わらない。やってもやってもまだ足りないと思うと、食事をすることすら考えられなかった。それでもお腹は空く。カフェテリアに行ってサンドイッチなど本を読みながら食べられるものを買ってきて、食べながらテキストに食らいついた。

いつまで経っても眠りにつく余裕などなかった。最後にはベッドにまでテキストを持ち込み、カーテンの隙間から夜が明けていく様子を見つめながら、涙と共にため息をついた。全然理解していないのに、もう授業に行かなければならない。

私には本当に、毎日24時間与えられているのだろうか。そう思うくらい、少しノイローゼ気味だったかもしれない。足元の床が崩れて奈落の底に落ちていく夢を、その日から何度みたことだろう。

授業を見直すという選択

このままでは、肉体的か精神的か、あるいはその両方の病気にかかってしまう。そう思うようになった。

楽しくない学生生活なんて意味がない。大学は勉強だけをするところではないはずだ。もっと学生生活を有意義に過ごしたかった。友人も欲しかった。友人たちと、思い出になるような時間を作りたかった。

そこで、留学アドバイザーのところに行き、登録した授業数を見直してみることにした。歴史など、内容が難しそうなクラスの登録を解除し、代わりにピアノと絵画のクラスを登録した。ピアノは個人レッスンだった。

幸い、私は4歳の時からピアノと絵画を習っていた。幼稚園のお受験のためだったが、ピアノは結局、高校2年まで続けた。ピアノ講師の言っていることがわからなくても、楽譜は読める。絵画の講師の話がわからなくても、絵は描ける。

実際、このクラスに変えただけで、驚くほどの余裕ができた。この2つのクラスは、精神的にも良かった。何よりも、楽しめた。

今の学生は恵まれていると思う

今の学生は、本当に恵まれていると思う。勉強しようと思えば、方法はいくらでもある。

たとえば、単語を1つ1つ紙の辞書で引く必要はもうない。AIにテキストを読ませれば、大体の内容をつかむことができる。発音記号を頼りに発音を想像する必要もない。しかも、Camblyのようなオンライン英会話なら、ネイティブの先生がどんな質問にも答えてくれる。当時の私が一番ほしかったのは、まさにこういう存在だった。

テスト対策としての英語力と、教室で生きた会話を聞き取る力は、実は別物だった。それに気づけたのは、渡米して何年も経ってからのことだ。今なら、Camblyのような場で「聞き取れない」を数値化してレベルを診断してもらい、早い段階で自分の弱点を知ることができる。

もし、あの教室に戻れるなら、私は最初の1週間でこう動くと思う。

  • 授業の前に、テキストの該当部分をAIで要約して、全体像をつかんでおく
  • 聞き取れない箇所は、あとで先生や友人に質問できるようメモしておく
  • 週に数回、オンライン英会話で「聞く」練習をする

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