コラム:これからマンハッタンで一人暮らしをする人へ|1990年代のリアルな体験談


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はじめに

マンハッタンでの一人暮らしに憧れを持つ人は多いだろう。しかし実際に住んでみると、映画やドラマで描かれるニューヨークとは全く異なる現実がある。1980-90年代にWest 56th Streetで一人暮らしをした経験から、これからマンハッタンに住もうとしている人へ、リアルな体験談をお伝えする。


住んでいたアパートについて

West 56th Streetの1ベッドルームに住んでいた。家賃は月1,600ドル。広さの割に設備が充実していた。

アパートの設備

  • ウォークインクローゼット
  • 洗濯機・乾燥機付き(アメリカのアパートでは珍しくない)
  • 24時間ドアマン付き(セキュリティ面で安心)
  • 建物内クリーニング店
  • 地下鉄駅まで徒歩2〜3分

カーネギーホールまで徒歩圏内で、近くにはブロードウェイのダンススクールがあった。レッスンの行き帰りが便利で、夏はダンスウェアのまま、冬はその上にコートを羽織って通っていた。シャワーを浴びずに自宅まで歩いて帰れる距離だったのも助かった。


生活費の現実

当時のマンハッタンでよく言われていた言葉がある。

「水と安全はただではない」

日本では当たり前の「安全」が、ニューヨークでは対価を払って得るものだった。24時間ドアマン付きのアパートを選んだのも、そのためだ。


治安について

1980-90年代のアメリカの大都市は、現在よりもはるかに治安が悪かった。

銃声を車のパンクと聞き違えた話

インターン時代、旅行会社の同僚がLA支店へ出張に行った時のことだ。近くで発砲があり、気がついたら彼以外の全員が道路に伏せていたそうだ。彼だけが立ったままでいた。銃声を車のパンクだと思ったのだという。それほど日本人は危険感知能力が低かったのかもしれない。

夜の外出のルール

夜の外出はできる限り控えた。パーティで遅くなった時には、どんなに近い距離でも必ずタクシーを使った。徒歩で帰れる距離であっても、だ。

イエローキャブでの体験

タクシー自体は危険ではなかった。しかし若い女性とみるとナンパをしてくる運転手がいて閉口した。「結婚している」と嘘をついても、「だから?」と返された。今思えば笑えるが、当時は本当に面倒くさかった。

実際に知人は海外から出稼ぎに来ているタクシーのドライバーとおつきあいをしていて、その人の母親の病院代などを彼女が立て替えていた。結局その彼は既婚者で、お金を騙し取られてしまった。こういう話は特には珍しくない。海外にいると寂しくなり、日本では引っかからないような詐欺にあってしまうのだろう。 

地下鉄で目撃した衝撃の光景

タクシーよりも怖かったのは地下鉄だ。

ある日、シートに突っ伏している老人が目に入った。気になってはいたが、周囲の何人もの人が「大丈夫ですか?」と声をかけていたので、私は見守るだけにしていた。

しかしよく見ると、声をかけているその人たちが老人の財布や腕時計を盗んでいた。心底驚いた。

翌日、駅員に確認したところ、その老人はその時点ですでに亡くなっていたことを知った。声をかけていたのは善意ではなく、すべて盗みのための偽装だったのだ。


マンハッタンで一人暮らしをするための心得

これらの経験から、マンハッタンで一人暮らしをする人へ伝えたいことがある。

① アパート選びはセキュリティを最優先に

24時間ドアマン付きのビルを選ぶことをおすすめする。家賃は高くなるが、安全への投資だと思うべきだ。

② 夜は必ずタクシーを使う

どんなに近い距離でも、夜の徒歩移動は避ける。イエローキャブは基本的に安全だ。

③ 地下鉄は夜は絶対に乗らない

夜の地下鉄は使わない。仮に同じ車内に人がいても、いざという時に助けてくれないことを身をもって知っているからだ。昼間でも油断は禁物だ。善意に見える行動が、実は犯罪の一部である場合がある。周囲の状況には常に注意を払うことだ。

④ 「水と安全はただではない」を肝に銘じる

日本の感覚でいると、思わぬ危険に遭遇する。安全はお金で買うものだという意識を持つことが大切だ。


まとめ

マンハッタンでの一人暮らしは、刺激的で豊かな経験だ。しかし同時に、日本では考えられないような危険と隣り合わせでもある。

設備の良いアパートを選び、夜の外出には気をつけ、地下鉄では常に周囲を観察する。これらを守れば、マンハッタンでの生活は間違いなく人生を豊かにしてくれるだろう。


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