第9.7章:卒業後の迷走と、美術史地獄の幕開け

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ついに届いた成績表

アメリカ史の夏期講習が終わり、成績表が郵送されるのを今か今かと待ち望んだ。1日に何回も郵便箱を覗いては、まだ届いていないとがっかりした。しかし同時に、不吉な結果が書かれた通知が届くことを恐れ、届いていないことにほっとする——そんな落ち着かない毎日を過ごした。

そしてついに届いてしまった。成績表が。

すぐに部屋に持ち帰ったが、開ける勇気がなかった。どうしよう。開けないと、次の計画が立てられない。結局、数時間ほど、机の上にある成績表をただ眺めていた。このままだと眠れないと決心して、思い切って確認した。

Bプラス。

なんとも微妙な成績だった。合格して卒業が決まったのは嬉しかったが、飛び上がって喜ぶほどの成績でもない。


問題はその後だった

卒業した。卒業してしまった。では、これからどうする?

私は数年間、「卒業」という名のニンジンを目の前にぶら下げられ、それだけを目指して全力で走り続けてきた。そしてようやく、そのニンジンを手に入れた。

しかし、私の人生設計はそこまでしかなかった。あまりにも卒業という目標が大きすぎて、その先のことを考えていなかった。

当然、日本に帰国するものだと誰もが思っている。でも私は帰国したくなかった。アメリカの生活が快適すぎたことと、英語が思ったほど上達していなかったことが理由だった。このままでは帰国できない。

もうすぐ新学期が始まる。何を決めるにしても遅すぎた。それで副専攻として美術史を取得することにし、クラスを登録した。3クラスの美術史の単位を取得すれば副専攻の基準を満たす。週に6回、美術史のクラスを受講することになった。しかも偶然にも、すべてのクラスを同じ教授が教えていた。

この同じ教授のクラスを受講したことが、のちのちとんでもない事態を招くことになるとは、この時には知るはずもなかった。


教授の事故、そして悪夢のような振替講義の連続

新学期が始まって間もなく、教授が自宅で飼っていた馬に頭を蹴られ、脳の手術を受けるほどの大けがを負った。

数週間で復帰できると聞き、まずは安心した。

しかし、私の時間割は一変した。週6回あった美術史の授業が、すべて休講になってしまったのである。

本来なら、その時間を使って美術史を予習・復習すべきだった。ところが私は、「今のうちだ」とばかりに、同時に履修していた別の授業に力を入れてしまった。

頭に包帯を巻いた痛々しい姿の教授が、また教壇に戻ってきた。復帰を喜んだのも束の間、今度は休講分の振替授業が始まった。

週6回だった授業は、週10回を超えることもあった。復帰を喜んだのも束の間、休講の振替講義が次々と行われた。週に6回だった美術史が、時には10回以上にもなった。授業は他の講義と重ならない夜に組まれた。しかも、同じ美術史とはいえ、扱う時代も国も異なる。授業が続くにつれ、頭の中は完全に混乱してしまった。

そして、あることに気づく。中間試験まで、もう時間が残されていない。

ようやく事態の深刻さを理解した。

あの休講期間に、美術史を後回しにしてしまった自分を、心の底から悔やんだ。

中間試験の当日、配られたテスト用紙を見て私は文字通り凍りついた。

スライドに映し出された美術作品を見て、その作者、タイトル、制作年代、そして歴史的背景や意義を論述する――それが試験の内容だった。だが、頭の中の引き出しは完全にパニックを起こしていた。週10回以上の猛特訓で詰め込んだ知識が、脳内で見事にごちゃ混ぜになっている。

焦れば焦るほど、時計の針が進む音だけが大きく響く。手応えなんて、あるはずもない。


“This is highly disappointing.”

試験が終わり、数日後。ついに恐怖の成績表が返却される日がやってきた。 教授の顔は、いつになく険しい。教授は無言で、一枚のペーパーを私に差し出した。 そこに赤ペンで大きく書かれていた文字は――「C」。3科目のうち1科目だけ「C」を取ってしまった。

一瞬、目の前が真っ暗になった。アメリカ史の「Bプラス」の時に「微妙な成績だ」なんて贅沢な悩みを抱いていた自分を殴ってやりたい「C」それは、単位の取得はできたものの、美術史を副専攻にしようとしている身としては、致命的とも言える落胆の評価だった。

そのCの横には、教授の手書きのコメントがついていた。時には週に10回以上も顔を合わせ、熱心に講義を受けていたあの留学生が、まさかこんな結果を出すとは思わなかったのだろう。裏切られたような教授の落胆が、その冷徹な英文から痛いほど伝わってきた。

“This is highly disappointing.”(失望した)

これを見た友人が言った。

「This is not fair(理不尽すぎる)」

アメリカ人の大学生がよく口にする言葉である。最初に聞いた時は、何を甘えたことを言っているのだろうとさえ思った。世の中は理不尽なものだ。公平なんて存在しない。

“Life is not fair.”(人生は公平ではない。)

それでも、この時ばかりは思わず口をついて出た。

“This is not fair!”

本当に理不尽だったのだろうか。

それとも、ただ運が悪かっただけなのだろうか。

いや、振り返れば答えは分かっている。

私は、休講期間を「時間ができた」と勘違いし、美術史を後回しにしてしまった。その判断が、Cという結果につながったのである。


*予測不可能な出来事への対応力を鍛えるためにも、渡米前に会話力をつけておこう。

【Cambly(キャンブリー)】

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