天の上の人
ニューヨークの銀行に就職したばかりの頃、副支店長は天の上の人だった。副支店長の部屋は39階にあり、そのフロアのカーペットはフカフカでまるで高級ホテルのようだった。新入社員が口を聞ける相手ではない。そんな副支店長が、ある日私の部署にやってきた。私の席のすぐ後ろの課長の席で何やら話し込んでいた。
銀行はお金を預かるところだと思っていた
就職するまでアルバイトすら経験したことのない、田舎のおのぼりさんだった私は、お年玉もお小遣いもすべて銀行に預けてきた。高校で一人暮らしをしていた頃は、両親が口座に生活費を入れてくれ、必要な分だけ引き出して使っていた。
つまり、銀行とはみんなのお金を預かるところだという認識だった。
仕事を覚えてわかったこと
仕事を覚えてきた頃、ふと気がついたことがあった。銀行の本当の仕事はお金を預かることだけではなく、「融資(貸出)」や「為替(かわせ)」も含まれる。しかもインターンで経験した旅行会社のように薄利多売ではない。こちらにあるお金をあちらに動かすだけで莫大な利益をもたらす、そんな風に新入社員の私の目には映った。サービス業の旅行会社と比べると楽な仕事だな、と本気で思っていた。
問題の一言
そのように誤解していた私は、後ろに副支店長がいることにも気づかず、つい口に出してしまった。
「銀行ってお金を預かるところじゃなくて、貸すところだったのね。消費者金融と何も変わらないね。」
その一言は課長だけでなく、副支店長の耳にも届いてしまった。
「〇〇ちゃん、ランチに行こうか」
副支店長直々のご指名である。
ちなみに私たち現地採用の20代の女性は全員、名前にちゃん」付けが基本だった。アメリカ人の女性をファーストネームで呼ぶからという理由だったが、後輩でも男性社員というだけで苗字に「さん」付けだったのは差別のような気がしてならなかった。
仕事の途中だったにもかかわらず、そのまま社用車で超高級日本料理店へ連れていかれた。コース料理を味わうことになったが、味は全く覚えていない。
3時間にわたり、泣きそうな気分で副支店長の説教を聞いた。銀行の役目、銀行の立場、銀行の仕事についての説明だった。そして最後には「銀行がないと日本は回らない」という結論に達し、私はようやく解放された。
穴があったら入りたかった
席に戻ると、課長がニヤニヤしながら言った。
「副支店長とサシで食事をした新入社員で〇〇ちゃんが初めてだよ。」
私の食事中に、直属の上司が仕事を代わりにこなしてくれていた。穴がなくても、穴を掘ってでも隠れたい気持ちだった。
翌朝、どうしても出社したくなかった。しかし大人の意地で出社した。私の武勇伝は銀行中の噂になっていた。その後、副支店長から特別に目をかけてもらったことは言うまでもない。



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