*この記事にはアフィリエイトが含まれている可能性があります。
推理小説とオタクな昼休み
小学校の卒業文集に、将来なりたい職業として「作家」と書いた。本を読むことが好きで、女の子よりも男の子と推理小説の話をするのが好きだった。完全犯罪の方法を考えよう、誰にも読めない暗号を作ろう、そんなことで昼休みを教室の隅で過ごした。今で言うオタクである。
私はモーリス・ルブランの書いたアルセーヌ・ルパンシリーズが好きだったが、シャーロック・ホームズ派と対立するほどの強い「推し」ではなく、アガサ・クリスティもエドガー・アラン・ポーも読んだ。
小学校に入った頃から小学生新聞を毎日読み、学研の「学研の科学」「学研の学習」という月刊誌を購読していた。それに、日本昔話シリーズと世界昔話シリーズも毎月届いていた。このシリーズは全巻読み終わると、高学年向けの更なるシリーズがあり、やはり購読していた。毎月、それぞれの本が届く日を今か今かと待っていた。私の本好きは父からの遺伝もあるとは思うが、こういう家庭環境がそれに拍車をかけたと思う。余談だが、5歳年下の妹は全く本を読まず、母は私の本を妹にも読ませるつもりで屋根裏に全て残しておいたが結局無駄になった。母は私には「外に出て遊びなさい」、妹には「たまには本を読みなさい」、と言い続けていた。2人を足して割りたいというのが母の口癖だった。
その後も作家になりたいという夢は全く消えたわけではなく、子供向けの童話に応募してラジオで読まれたこともある。薄謝と手帳を貰った。
陶芸教授との出会いが人生を変えた
ある日、陶芸の教授が日本人がいると聞いて、私を探しに来た。そして楽焼の本を一冊差し出して、部分的に翻訳して欲しいと頼まれた。私は二つ返事で応じた。すると、翌日には教授は契約書を持ってきた。学生相手のボランティアにも契約書を用意するのかと、心底驚いた。アメリカは契約社会だと言われていたが、その事実を実感した。なんだか大人になったような恥ずかしい気持ちで契約書を受け取った。そしてその契約書の内容にも驚いた。ボランティアのつもりだったが、翻訳料を支払うという。時間給ではなくて、成果型の給与体系だった。私は留学生はアルバイトができない旨を説明し、経験もあるわけではないのでボランティアでさせてもらいたいと提案した。すると、授業料から天引きをするので違法にはならないと言われた。
日本語から英語へ、初めての本格的な翻訳
しかし、翻訳は想像以上に難しいことに気がついた。クラスで使うテキストは英語から日本語に翻訳しながら勉強していた。論文を書く時は日本語から英語に翻訳しながら行っていた。いずれにしろ頭の中での作業なので、本当に翻訳したわけではない。言葉に書き起こすと自然な文章にならない。その上、陶芸や楽焼に全く知識がなかったので苦労した。実家から役立ちそうな陶芸や楽焼の本を何冊も送ってもらった。インターネットもアマゾンもない世界は何をするにも時間と手間がかかる。
それでも翻訳作業は楽しかった。自分の国に興味を持ってくれた人のために日本の伝統的な芸術について翻訳するのは有意義な作業だと思った。また作業自体も楽しめた。なにしろ書くことが好きなので、書くことは喜びだった。
3ヶ月ほどかけて翻訳を仕上げた。英語の文法のチェックを家庭教師のトレーシーに頼んだ。トレーシーは、大学が私に英語のチューターとしてつけてくれた相手だった。トレーシーは教育学部の生徒で、私を教えることで教育学の単位が取れる。ウィンウィンの関係である。週に何回も会っているうちにお互いの家を訪れるほど仲良くなった。私は彼女にも翻訳チェック料を払いたいと主張した。大学の授業の勉強なら無料で当たり前だが、これは大学のクラスとは無関係だからだ。しかし、彼女は私から翻訳チェックの代金を受け取ることはなかった。
その後、その教授に翻訳を何回か頼まれることになった。そして私も陶芸のクラスを受講した。教授の自宅で楽焼も経験した。非常に奥が深くて感動した。私の作品は素人よりは上手かな、というレベルで、多くの知識は得たが、残念ながら才能はなかったようだ。



コメント