第10.7章:一人でボストン出張に行かされた話

*このブログにはアフィリエイトが含まれています。

出張と聞いて、心が躍った

出張が決まった時、私は嬉しさで小躍りした。それを見た支店長が「〇〇ちゃん、遊びに行くのではないからね。仕事だからね。」と心配そうにしていた表情が、今も目に浮かぶ。ちなみに、この時代の若い女性は、職場では名前に「ちゃん」付けが普通だった。

出張の目的も何も知らなかった。それでも、「出張」という言葉に心が踊った。なんだか仕事ができる女みたいだ、と感じたのだ。今考えると、仕事に真面目に取り組んでいたのか疑問に思うこともある。

商談の詳細は知らされないまま

通訳として同行するとしか聞いていなかったため、商談の詳細は知らなかった。ただ、ボストンの旅行会社のツアーを視察・購入するとだけ聞いていた。課長の役目は、そのツアーの質を見極め、価格交渉をすることだった。

一人で現れた私に、相手はポカン

マンハッタンから飛行機で1時間ほどのボストンに着くと、ツアー会社のアメリカ人担当者と通訳の日本人学生が待っていた。しかし、一人で現れた私を見て、二人はポカンとしていた。事情を説明したものの、インターンごときに決定権はないとみたのか、ビジネスの話はほとんど進まなかった。結局、その日はボストン観光で終わった。

内心ほっとした、突然のボストン観光

正直、ほっとした。最初は、何か質問されたらどうしようと気が気でなかった。しかし、どうやら私と商談する気がないとわかってからは、残りの半日をボストン観光として楽しんだ。ハーバード大学とMITを観に行った。校内にいる人が全員その大学の学生とは限らないと思いながらも、誰もが頭脳明晰に見えた。

残念だったのは、ランチがそれほど美味しくなかったことだ。ただ、旅行会社は薄利多売なので、仕方ないだろう。この経験以来、旅行会社のツアーに申し込むことはなくなった。

チキンというあだ名がついた課長

課長はその後病院に行き、薬を処方された。その日と次の日を欠勤したら、元気になった。単なる胃腸炎だったそうだ。まだ赴任して間もなかったので、初めての海外出張に緊張したのだろうか。以来、課長のあだ名はチキンになった。

後日改めての商談は、無事にまとまった

結果的に、後日改めて出張し、商談はまとまった。インターンが一人で乗り込んでも何もできなかった、当然の結果だ。こうして、無事にボストン日帰り観光ツアーができ、盛況だった。

後に私も母と一緒にボストンを旅行することになる。しかし、もちろんこのツアーには参加しなかった。内部事情を知りすぎているからだ。

とはいえ、今は当時と違って、ツアーの内容や口コミを事前にしっかり確認しながら予約できる時代だ。海外旅行のツアーやホテルをまとめて比較できる旅行アプリ「NEWT」なら、ポイント還元もありお得に予約できる。

コメント