第49章:パワーポイントと格闘した5週間、そして告げられた「乳がんの疑い」

オフィスでパソコンに向かって仕事をする様子

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天国の次は地獄?

昨日で、約5週間と2日の短期の派遣が無事に終了した。最初の1週間は地獄のような毎日だった。あまりにパワーポイントに時間がかかりすぎ、本来の翻訳業務に支障が出てしまっていた。

定時は9時開始だが、私は毎朝、30分以上は早く出社した。8時を少し過ぎた日に出社した時には、「コーヒーでも飲んでゆっくりしてね」と言われた。言わんとしていることがわかったので、「タイムシートには出社時間は9時と記載しています」と答えた。

いつもより早く出社した日があった。明らかに仕事のためだ。同じ社員が「タイムシートに早朝出勤の分をつけてもいいよ」と言った途端に、やはり「9時からつけて」と言い直した。同じ部署の長期派遣の女性とは、ほぼ毎日ランチを一緒にするほど仲が良い。その彼女が「サービス残業をすると労基が入るよ」と言った。私は「あなたが黙っている限り大丈夫よ」と言い返して、二人で顔を見合わせて大笑いをした。

AIが先生になった日々

結局、毎日出社した。忙しすぎる社員の人たちにパワーポイントを丁寧に教えてもらえるとは期待していなかったが、株主総会前に辞めた人がいたために、想像以上に忙しく、私のパワーポイントの先生はAIとなった。

しかし、AIに聞いてもわからない、というか、どういう風にAIに聞いて良いかわからない問題を解決してくれるのは、やはり人間しかいない。その場合は、忙しいパワーポイントの先生の忙しさを測りながら、合間を見つけて私は問題を解決していった。最後の10日間は、一人で作業できるまでになった。

とはいえ、パワーポイントの多くの機能を使いこなせるようになったわけではない。あくまで、翻訳業務内での話だ。

EXCEL、恐るべし

パワーポイントだけではなく、EXCELの書類もあった。私はEXCELもほとんど利用したことがなかった。自分用に辞書を作るのにEXCELを使っているだけである。そこで大失敗をしてしまった。

EXCELの日本語を英語に翻訳していく作業で、去年のEXCELをベースにして作業したのだが、後からまとめて削除しようと、削除する欄だけピンクでハイライトを入れておいた。そして作業が完了した後に、その複数の欄を削除したら、一部のセルの翻訳文も消えてしまい、N/Aとだけ表示があったり、数字の2とだけ記載されているセルもある。驚いて聞いてみると、数式が入っていたそうだ。どういうことかわからなかったが、説明を求めている時間はない。あわてて、内容が消えてしまったセルの翻訳のやり直しをした。EXCEL、恐るべし。

「environmentは環境という意味ですよね?」

英語に関する問題に説明することは難しかった。私のパワーポイントの先生は、出社組の中で唯一英語ができる人で、海外からの人の電話はすべて彼に回されていた。その彼からは、英語に関する質問が多かった。

最終日も「environmentは環境という意味ですよね?」と確認されたので、「翻訳は単語の変換作業ではなくて、1つの日本語に1つの英単語の組み合わせではないのです。日本語が〇〇環境でも、必ずしも英訳が〇〇environmentになるわけではありません」と説明した。しかし、説明の途中で、彼は他の誰かに緊急案件で連れて行かれてしまった。

結局、大変お世話になって親切にしてもらった恩返しの意味もこめて、彼にはメールを書いて、翻訳についてざっくりと説明をした。翻訳を語れるほどの人間ではないが、翻訳を学校で勉強した通りの説明はできると思えたし、彼なら素直に受け入れてくれる人だと感じたからだ。

毎朝早く出社すると、カバンをデスクに置く暇もなく仕事を頼まれるほど、加速度的に仕事が忙しくなっているようだった。日本語の修正があると、煽りを喰らうのは間違いなく翻訳者だ。その後に見直しをする担当者はさらに大変だと思う。

統合報告書のレビューという最後の業務

外部に発注した統合報告書のレビューの仕事が、私の最後の業務だった。2024年に東京大学大学院で学んだサステナブルファイナンスの中でも、非財務情報(定性・持続可能性データ)、ESG:環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の取り組みは、私の最も得意かつ好きな分野だ。

レビューしながら気がついたのは、複数の翻訳者で担当していることだった。翻訳の質にバラツキがあり過ぎる。そこでページによっては、訂正が山のように増えてしまった。文法の間違いだけを指摘する予定だったが、直訳すぎて、英文としては自然ではない。それでついつい手を入れ過ぎてしまった。

最終日の前日と当日は、その訂正を減らす作業を依頼された。「意味が通じればいいので」と言われたが、そんなに簡単ではない。例えば、制限用法と非制限用法など、カンマ一つでも、あるとないとでは意味が異なる。しかし、私の訂正があまりに多過ぎて、時間的に間に合わないそうだ。私は泣く泣く、入れた訂正を消していった。翻訳レベルを下げた成果物を提出するのは、翻訳者になって以来初めてだった。これが私の翻訳レベルと思われることは納得しかねるが、時間がないというのは大人の対応を取るに足ると、自分を納得させた。

久しぶりの仕事、そして自信

短い間だったが、休むことなく通勤できたことで、少し自信がついた。担当医師には在宅だからと許可をもらったのだが、結果オーライということにしよう。

久しぶりの仕事は楽しかった。最初の1週間はパワーポイント問題があったので苦しかったが、新しいことを覚える作業は、やはり楽しい。それに、翻訳作業が好きで仕方がない。天職だと信じていたが、やはり間違いなかった。

病院とハローワークをはしごした日

翌日には病院をはしごした。明日も明後日も、来週の月曜日、火曜日、そして金曜日にも通院する予定だ。この仕事をしている間の予約を、全部後倒しにした結果だ。

今日は午前中に病院に行った後、午後はハローワークに行った。私ができるような仕事は、今は見つからないと言われた。それで相談員から、パワーポイントも覚えたことだし、MOSと生成AIのクラスの見学に月曜日を勧められた。しかし、学校で習うよりも職場で実践で学ぶ方がずっと早いことを身をもって知ってしまった。見学には行かないだろう。

その後、がん検診の結果を聞きに行った。

「乳がんの疑いがあります」

「乳がんの疑いがあります。大学病院に紹介状を書くので、予約を入れてください」

ほんの3週間前に、主人に左の乳房にしこりのようなものがあると話したばかりだったのに、医師の説明が全く耳に入ってこない。その後、何を話したのか覚えていない。私は以前から主人には宣言していた。乳がんになったら手術はしない、と。

自宅に帰り、予約を病院に入れた時に、「どちらの乳房ですか」と聞かれたが、答えられなかった。最速で、月曜日に予約を取ることができた。

電話を切って、紹介状とCDの他にも病院からの封筒があることに気がついた。健診結果報告書だった。あわてて封筒から書類を出してみると、異常が見られたのは両方の乳房だった。

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