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授業初日の絶望
教授が話し始めた瞬間に悟った。全く聞き取れない。何を話しているのかさえわからない。英語力をどう身につけたかはコラム③ 受験英語しか知らなかった私がアメリカ留学して30年の翻訳者になった英語学習法4選にまとめているので参考にして欲しい。
あんなに日本で勉強をしたのに。英語を集中的に勉強してテストのスコアも出した。アメリカ人と肩を並べて授業を取る資格を得たはずなのに、何もわからない。焦った。
聞こえないだけではない。ボードに書かれた教授の殴り書きのような英語も読めなかった。教科書のどの部分を扱っているのかもわからず、隣の人のテキストをちらちら見て、同じページを開き、同じタイミングでページをめくった。でも、わかったのは「今どのページを話しているか」ということだけ。内容は相変わらず、何一つ頭に入ってこなかった。
どうしよう。こんなはずではなかった。少なくとも半分以上は聞き取れると思っていた。こんな調子で、このクラスをパスできるのだろうか。
当時の私にこんなサービスがあったら、と今でも思う。今はCamblyのようなオンライン英会話で、ネイティブ講師と実際に話しながら「聞き取れない」を数値化してレベルを診断してもらえる時代だ。テスト対策としての英語力と、教室で生きた会話を聞き取る力は、実は別物だった。それに気づけたのは、渡米して何年も経ってからのことだった。
少しでも近くで聞けばわかるかもしれないと、藁にもすがる気持ちで最前列の真ん中に座っていた。しかし、当然のごとく無駄だった。単語がいくつか耳に飛び込んでくるが、意味がつかめない。周りのアメリカ人の学生たちはノートを取り、笑い、頷いている。自分だけが蚊帳の外だった。
勇気を出してノートを借りる
どうにかしなければと焦った私は、隣の学生にノートを借りようと思った。でも、何と言えばいい?「完璧な英語でなければダメだ」と思い込んでいた私は、「ノートのコピーを取らせてくれますか」というセリフを心の中で何度も繰り返した。授業が終わり、覚えたセリフをゆっくりと口にした。通じたようで、彼女はノートを差し出しながら何か言った。でも、わからない。
「もう一度ゆっくり話してくれますか?」と聞き返すと、笑顔で「次の授業のときに返してくれればいいよ」と言ってくれたような気がした。念のために「次の授業?」と繰り返すと、彼女は頷いた。
辞書と格闘した夜
一抹の不安を抱えながらも、ノートを借りてコピーを取り、寮に帰って紙の辞書を引きまくった。当時、電子辞書はなかった。言うまでもなく、インターネットも。
テキストもわからない単語ばかりだった。単語の意味がわかっても、今度は文法でつまづく。結局、何が書いてあるのかもわからない。1章を読むのに何時間もかかった。
図書館で常にテキストと格闘している姿を見かねてか、ある日、顔見知りの学生にテキストを取り上げられたことがあった。図書館でバイトをしている子だった。言っていることはわからなかったが、ジェスチャーで「そんなに長時間読んでいたら目が悪くなるよ」と言われた気がした。彼女は大きく笑って、またカウンターに戻っていった。
宿題、復習、予習。いくらやっても終わらない。やってもやってもまだ足りないと思うと、いつまで経っても眠りにつくことができなかった。最後にはベッドにまでテキストを持ち込み、カーテンの隙間から夜明けを見つめながらため息をついた。全然理解していないのに、もう学校に行かなければならない。
私には本当に、毎日24時間与えられているのだろうか。そう思うくらい、少しノイローゼ気味だったかもしれない。
授業を見直すという選択
このままでは、肉体的か精神的か、あるいはその両方の病気にかかってしまう。そう思うようになった。
楽しくない学生生活なんて意味がない。大学は勉強だけをするところではないはずだ。もっと学生生活を有意義に過ごしたかった。友人も欲しかった。友人たちと、思い出になるような時間を作りたかった。
それで、留学アドバイザーのところに行き、登録した授業数を見直してみることにした。歴史など、内容が難しそうなクラスの登録を解除し、代わりにピアノと絵画のクラスを登録した。ピアノは個人レッスンだった。
幸い、私は4歳の時からピアノと絵画を習っていた。幼稚園のお受験のためだったが、ピアノは結局、高校2年まで続けた。ピアノ講師の言っていることがわからなくても、楽譜は読める。絵画の講師の話がわからなくても、絵は描ける。
このクラスに変えただけで、驚くほどの余裕ができた。この2つのクラスは、精神的にも良かった。何よりも、楽しめた。



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