第6章:英語が話せない留学生が睡眠を削って乗り越えた、アメリカの大学の試験勉強法

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読み書きだけが頼りだった

日本での英語漬けの日々があったから、読み書きの基礎だけはあった。聞き取れないし話せない。しかし、辞書さえあれば読めるし書ける。日本で嫌というほど詰め込まれた文法も、ここで役に立った。それでも、辞書を引きながらテキストを読み、理解するのには時間がかかった。そのため、睡眠や娯楽、さらには食事の時間まで削って勉強した。

日本語で真っ黒になったテキスト

わからない単語の上には日本語をルビのごとく振った。テキストに書き込んだ日本語でページは真っ黒になった。

授業を乗り越えるための5つの工夫

テキストへの書き込みだけでは、もちろん足りなかった。英語が聞き取れない中で単位を取るために、あらゆる手を尽くした。

授業を録音する 当時はカセットテープで授業を録音した。家に帰ってから何度も聞き直し、聞き取れなかった部分を少しずつ埋めていった。

友人からノートを借りる 授業中に聞き取れなかった内容は、友人のノートで補った。留学初日にノートを貸してくれた友人だけでなくさまざまなクラスメートとの関係が、その後の勉強を支えてくれた。

教授の部屋に押しかける わからないことがあれば、教授の部屋に直接行った。「質問があります」と正直に言うと、ほとんどの教授は親切に対応してくれた。日本では考えられないほど、アメリカの教授は学生に対してオープンだった。

家庭教師をつける 特に難しい科目には家庭教師をつけた。留学生専用アドバイザーが手配をしてくれて、マンツーマンで教えてもらえるのは大きな助けになった。

授業の選び方を工夫する これが最も重要だった。英語力が上がるまでの間、英語の比重が少ない授業を意識的に選んだ。

一番大事なのは授業の選び方

英語がわからない時期に無理に難しい授業を取っても、単位を落とすだけだ。そこで、最初の頃に選んだのは以下のような授業だった。

幼稚園からピアノを習っていたのでピアノ(音楽の単位)、小学生からテニスを習っていたのでテニス(体育の単位)、幼稚園から水彩画を習っていたので油絵(美術の単位)。これらはいずれも実技が中心で、英語の比重が少なく、経験があればAが取りやすい授業だった。

日本史(歴史の単位)も選んだ。内容は日本のことだから頭に入りやすく、英語を理解する負担が格段に少なかった。

ストレスマネジメントも意外と使えた。内容が日常生活に近く、専門用語が少ないため聞き取りやすかった。

そして最も印象に残っているのが人類学のフィールドトリップ(科学の単位)だ。休み期間中に1週間の課外授業として組まれたこの授業で、はるばるアーカンソーまでダイヤモンドを掘りに行った。雨の中、泥だらけになって地面を掘り続けた。隣にいたチャウチャウ犬が雨に濡れて痩せ細って見えたのが今でも忘れられない。

この授業の利点は他にもあった。1週間、貸し切りバスで移動し、夜はホテルに泊まる。そのため、昼も夜もクラスメートたちと行動をともにすることになり、授業の内容を教えてもらう時間がたっぷりあった。事前に課題図書を読み、フィールドトリップ後にレポートを提出するという形式だ。レポートは辞書を引きながら時間をかけて書けるため、英語に問題があった私にはむしろ取り組みやすかった。

テキストはレンタルだった

余談だが、授業で使うテキストはレンタルで、学期末に返却しなければならなかった。おそらくその説明はあったのだと思う。しかし、なんせ英語がわからず、そんなことは知らなかった。そのため、テキストには日本語をびっしり書き込んでしまった。日本語で真っ黒になったテキストを返却した時、次にレンタルした学生がどんな顔をしたか、今となっては想像するしかない。

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