第11章:NYで就職:旅行会社から大手銀行へ転職|ビザサポートがカギだった

ビザをサポートしてくれる会社を探す

インターン期間が終了した。就職先を探すため、ワーキングビザをサポートしてくれる会社を、アメリカ系のエージェント経由で探した。日系ではなくアメリカ系の会社に就職したかったからだ。しかし、その希望は叶わなかった。なぜなら、バイリンガルという強みを活かすには、日系の会社が一番だったからだ。

最終的にビザのサポートを申し出てくれたのは、日系の大手銀行と大手商社の2社だけだった。ビザのサポートには弁護士を雇う必要がある。そのため、その費用を賄えるのは大手企業だけだった。つまり、選択肢はなかった。

旅行会社インターン時代に見たもの

インターン時代、日系の旅行会社で働いたことがあった。そこで見たものが、後の就職活動に影を落とすことになる。

違法滞在のまま働いている同僚や上司がいた。そのため、そんな人たちを安い給料で雇っている会社にも、次第に嫌気が差していった。バブルの頃で、日本企業や日本食レストランが移民局に目をつけられることはない、という話をよく耳にした。一方で中華街では、移民局が突然、違法滞在者の取り締まりに入ることがあった。そういう時は皆、巨大な冷凍庫に身を隠すのだと聞かされた。

正直なところ、バブルで有頂天になっている日本も、その日本に胡座をかいている日本人も、好きになれなかった。実際、インターン時代、唯一の友人と呼べる存在は中華系アメリカ人だった。日本人の同僚や上司たちとは、退社後に連絡を取ることは一度もなかった。

だからこそ、アメリカの企業に勤めたかった。

エージェントの強い説得

しかし、エージェントの人は厳しかった。「せっかく日本企業でバイリンガルとして高い給料をもらえるのに、なぜアメリカ企業に行きたいの? アメリカ企業は厳しいから、実力がないとすぐに解雇されるよ。日本企業は滅多に解雇しない」。そう言って、さまざまな理由を並べ立てた。

あとから知ったことだが、私の年俸の一部、あるいは年俸の何倍かのコミッションが彼女に入る仕組みだった。だから、1ドルでも高い企業に就職させたかったのだ。つまり、経験も浅く、まだ何も知らない私を日系企業に送り込むことは、やり手の彼女にとって赤子の手をひねるほど簡単だったのだろう。

結局、まくしたてる彼女と、その押しの強さに、私は完全に屈した。こうして、日系の企業に行くことになった。

最初に返事をくれた銀行に決めた

両社の面接を受けた。最初に返事をくれたのが銀行だった。だから、銀行に決めた。金融業界にまったく興味はなかった。しかし、この最初の就職以来、金融業界から抜け出すことができなかった。結果として、帰国後も私のキャリアは金融の世界で築かれることになる。当時は、そんなことを予想だにしていなかった。

マンハッタンライフの始まり

こうして、私のマンハッタンライフが始まった。

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【シリーズ一覧】この記事は「1980-90年代NY銀行員のリアル」シリーズの一部である。就職・給料・仕事の実態について、他のエピソードもまとめて読んでもらえると嬉しい→https://usa-journey.com/ny-banker-summary/

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