コラム:「フリーランス翻訳(1994年〜現在)」の一行が、すべてのブランクを吸収してくれた

「フリーランス翻訳(1994年〜現在)」の一行にブランクが自然に収まった経歴書

※この記事にはアフィリエイトが含まれている可能性があります。

経歴書の一行に隠れているもの

職務経歴書のフリーランス歴の欄に、私は実際にこう書いている。

フリーランス翻訳(1994年〜現在) 金融、会計、法務、IT、環境、食品、芸術、映像、文学など幅広い分野で日英/英日翻訳を担当。主に機関投資家向け資料、上場企業IR文書、法務契約書など専門性の高い文書を扱う。

この一文の中には、今まで何度か仕事を休んだ期間がまるごと隠れている。義理の両親の介護で仕事を休んだ時期、母の介護で仕事を休んだ時期、そして今回の1年7ヶ月の療養期間。すべてこの数行の内側に収まっている。

誰にも聞かれたことがない

これまで、これらの期間について面接や面談で聞かれたことは一度もない。

正社員やパートの職歴であれば、退職日と入社日の間に空白があれば、当然「この期間は何をされていましたか」と聞かれる。しかし「フリーランス翻訳(1994年〜現在)」という書き方は、始まりと現在しか示していない。途中に何があったのか、途中で何回仕事を止めていたのかは、この一行からは読み取れない。

読む側は、おそらく「フリーランスなのだから、ずっと何かしらの案件をこなしていたのだろう」と自然に解釈する。実際にはそのペースを大きく落としていた時期が何度もあったにもかかわらず、だ。

もちろん、聞かれれば正直に話すつもりだし、聞かれなくても話すこともある。

短い案件とペアでしのいだ日々

介護をしている間も、完全に仕事を止めていたわけではない。数日で終わるような短い案件であれば、都合を見ながら引き受けていた。

また、病気というものはいつ急変するかわからない。その不安があったので、翻訳仲間とペアを組んで案件を受けることもあった。実際に作業をするのは私一人だが、もし体調が急変した場合は、ペアの相手が私の分もカバーしてくれる、という取り決めだった。幸い、そういう事態が実際に起きることはなかったが、この仕組みがあったからこそ、無理に案件を断らずに済んだ時期もある。

もちろん、今まで同じ職場を共にした翻訳仲間で、相手の実力がわかっているからこそできることである。また、同年代の翻訳仲間も介護問題は避けられず、私も誰かのペアになったことが何度もある。不幸にも自分で翻訳を継続する状況でなくなり、私が仕事を引き受けたこともあった。翻訳仲間と言ったが、すでに友人になっているので、相手の気持ちを考えるとやるせなかった。大事な人を亡くした時なのに、何度か仕事の指示が入る。私としては、今は仕事を忘れて自分やご家族に集中してほしいと思ったが、同時に気持ちもわかる。翻訳者が自分の仕事を途中で他の人に任せることは、簡単な気持ちでできることではない。そのことが理解できるから、文体や翻訳のスタイルをできるだけその翻訳者に合わせて仕事をした。私ができる唯一のことだった。

こうして、細く途切れながらも仕事を続けていたので、経歴書の上でも、面接の受け答えの上でも、完全な空白として説明する必要のある期間は、実はそれほど多くなかったのかもしれない。

なぜ1994年なのか

もう一つ、この一行には書いていない事実がある。実は、私が翻訳を始めたのは1994年よりも前、大学時代のことだ。陶芸の教授に頼まれて、「楽焼のすべて」という本を翻訳したのが最初だった。

人生で初めての翻訳については、こちらの記事で詳しく書いている。
第9.4章「陶芸教授に見出された日|人生初めての翻訳と契約書に驚いた話」

ではなぜ、経歴書には1994年からとしか書いていないのか。それは、大学時代の翻訳の経緯を正確に説明しようとすると、話が長くなるからだ。

留学生はアルバイトをしてはいけない、という規定を知っている面接者もいる。(このあたりのF-1ビザの就労ルールについては、コラム:アメリカ留学中にアルバイトはできる? F-1ビザの就労ルールを元留学生が解説で詳しく解説している)。あの時の翻訳料は、授業料から天引きしてもらう形で支払われていて、違法ではなかった。あの時の翻訳料は、授業料から天引きしてもらう形で支払われていて、違法ではなかった。それは、大学内でのアルバイトの一種とみなされていたからだ。大学内のアルバイトは、留学生にも認められていた。

とはいうものの、実際には国費で来ている留学生や、学費だけを支払ってくれる奨学金で来ている留学生が優先されていて、私のように奨学生でもなく、経済的にも困窮していない日本人がアルバイトをするのは難しかった。大学内のアルバイトの枠は限られている上、自分の車を持たないアメリカ人の学生も、街まで出る足がないために学内のアルバイトを希望することが多いからだ。

つまり、私の翻訳という仕事は、大学内のアルバイトとして認められていながら、私にしかできない仕事だったために成立した、非常に稀有なケースだった。この経緯を面接でゼロから説明するのは、限られた時間の中で、正直なところ無駄だと感じる。誰も聞いていないことを、自分から説明する必要はない。

説明しないという選択

結果として、「フリーランス翻訳(1994年〜現在)」という一行は、途中にあった仕事の中断やペースの変化を表に出さずに済む書き方になっている。

正社員としての職歴であれば、こうはいかない。空白は空白として、必ず誰かに説明を求められる。フリーランスという肩書きは、その意味で、ブランクを静かに吸収してくれる、都合の良い器なのかもしれない。

コメント