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アメリカの大学への留学が決まった時に、いろいろな人に言われた。アメリカに行ったら日本人女性はモテモテらしいよ、と。友人たちからは羨ましがられ、年配の人は男性には気を付けるようにと言った。そういえばこんなジョークもある。この世の天国とは、日本人の妻を持ち、アメリカ人の給料をもらい、中国人のコックを雇い、イギリス人の家に住むこと。アメリカ人の給料=高収入、中国人のコック=料理の「日本人女性はモテる」という都市伝説
アメリカの大学への留学が決まった時に、いろいろな人に言われた。アメリカに行ったら日本人女性はモテモテらしいよ、と。友人たちからは羨ましがられ、年配の人は男性には気を付けるようにと言った。
そういえばこんなジョークもある。この世の天国とは、日本人の妻を持ち、アメリカ人の給料をもらい、中国人のコックを雇い、イギリス人の家に住むこと。アメリカ人の給料=高収入、中国人のコック=料理の腕、イギリス人の家=立派で快適な住宅、日本人の妻=従順で家庭的な妻という理由で、この「国民性ジョーク」は戦後の欧米圏で広まったものとされ、男性目線の価値観で作られたジョークだとされている。
私がいた頃はまだこんなジョークを信じる男性もいたのだろうか。それとも、バブル期で日本人女性はお金を持っていると勘違いしていたのだろうか。
珍しがられただけだった大学時代
それでは私はモテただろうか?モテるという定義にもよるが、高校生時代に一人からしか告白をされなかった私は日本ではモテてはいなかった。生徒の2/3が男子だったというのに。
アメリカに行った時は確かに男子学生だけでなくさまざまな人たちが群がってきた。アメリカ人だけではなく留学生もいた。でもそれはモテていたのとは違う気がする。珍しかったのだと思う。
寮に入ったその日に私の部屋のドアをノックした男子学生は数えきれないほどいた。日本人が来たって聞いたから見にきたと、自分の彼女と一緒に来た人もいた。特にウィスコンシンではジャイアントパンダ並みの物珍しさだったと思う。さすがに人種のるつぼのニューヨークに引っ越したら私の人気はレッサーパンダに格下げされてしまった。
キャンパスを歩いていると「日本から来たのだって」と見知らぬ学生に声をかけられることもあった。でもほとんどの場合はデートに誘われるとか、そういうことではなかった。バブルの時代とも相まってアメリカの大学生たちは日本についての情報を多く持っており、あんなに小さな国の日本がどうしてアメリカに次いでGDP2位の国になれるのだろう。または、敗戦国なのに、なぜ?きっとさまざまな思いがあって、日本人見ーつけた!という感じだったのだと思う。そんな私が歴史の単位として日本史を取ったものだから、私の席の近くに座りたがる学生が多かった。
日本史の授業で盛り上がった瞬間
歴史の中で盛り上がったのは日独伊三国同盟の授業の時だった。ナチス式敬礼をする軍服のヒトラーの次には馬に跨り長い銃を抱える軍服のムッソリーニ、次に恐らく黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)をお召しの昭和天皇の写真だった。教室中にウォーという声がこだました。黄櫨染御袍かどうかは定かではないが、雛人形のお内裏様がお召しの着物によく似ていた。そして、昭和天皇は戦争には直接関わっていないことが説明された。その当時の天皇陛下は日本国民から神と崇められていたことに驚く生徒は少なくなかった。
それからやはり日本史で外れないのは原爆投下だろう。実は私は原爆ドームにも行ったことがなく、高校時代に授業で習う程度の知識しかなかった。しかし、この原爆投下の授業が終わった時には私に謝りにくる学生も何人かいて実は返答に困った。私の家系にも知人には原爆被害者はいない。また、父方と母方の祖父二人も戦争には行っていない。
謝られてもどうして良いのかわからなかった。でも相手の目は真剣だった。「戦争をない世の中になるといいね」知恵を振り絞って出てきた私の言葉だった。
多言語を操る教授との出会い
ちなみに日本史の教授は日本語だけでなく、韓国語と中国語(台湾)も話せた。授業中に私と話す時は英語だが、授業後には日本語で話をした。時々古い言葉を使っていたが、祖父母の元で育った私は停車場、はばかり、などという単語も知っていた。
その教授には6人の子供がいらした。3人は実子で、3人は養子だった。日本、韓国、台湾からそれぞれ養子を迎え入れたのだ。
マンハッタンで感じた視線の正体
マンハッタンでも男性に声をかけられることは多かった。20代で若く人生で一番輝いていた時期だったからだったからと思いたいが恐らく違うだろう。大抵の人は、私が日本人と知って声をかけてきた。美術館、地下鉄の駅や地下鉄の中、セントラルパーク、さまざまな場所で声をかけられた。
たまたま就活中の時に声をかけられた時にはこれから面接だからと足早に立ち去ろうとしたが、しつこく追ってきた。その男性は自分は輸入関係の会社を経営しているからあなたを雇用できると、小さな紙に名前と電話番号を手渡した。引越しをすれば、引越し業者に一人で住むのはボーイフレンドがいないからかとしつこく聞かれた。あげくにチップを渡すと額にキスをされた。予想外の出来事で一瞬だったので逃れようがなかった。今だったらセクハラで訴えられると思う。
中でも一番ナンパが多かったのはタクシーの中だった。残業するとタクシーや社用車で帰宅していたため、タクシーを頻繁に利用していた。5回に4回は彼氏はいるのか?とかデートしないかと誘われて、疲れ切っていた私は下手な鉄砲も数打ちゃ当たる式ナンパにキレそうになったこともあったが、あっという間に慣れてしまった。たまに口説かれないと、この人は女性に興味がないのかしら?それとも、残業続きで疲れ切った私に魅力がなくなったのかと反対に心配したりした。
結論:日本人女性が特にモテるわけではない
アメリカで日本人女性が特にモテるというのは事実ではない。少なくとも私はモテなかった。もちろん実際にモテた人もいるだろうが、少なくとも「日本人女性というだけでモテる」という国民性ジョークが実態を伴っているとは思えない。
珍しがられただけか、お金目当てもあったと思う。バブル時代ということもあり、日本人女性は金銭的に豊かだと勘違いされていたと思う。
お付き合いしている間にお金の問題が発生したカップルを3組ほど知っている。3組とも貸したお金は返って来なかった。一番ひどいケースは一緒に住んでいて、銀行口座も一緒にしていたら、ある日仕事から帰宅したら二人で住んでいたアパートはもぬけの殻で、銀行口座の残高もゼロになっていたそうだ。お金を返して貰おうと相手の行方を追ったところ、友人から帰国したと聞かされたそうだ。もちろん、幸せな国際結婚をしているカップルもいる。
こうした経験も含めて、留学は私の人生を大きく変えてくれました。もしこの記事を読んで少しでもアメリカ留学や海外での生活に興味を持ったなら、まずは留学ジャーナルの無料留学相談から始めてみるのも一つの方法です。めてみるのも一つの方法です。


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