社会復帰して1週間が過ぎた。
社会復帰は、想像を絶するほど問題が山積していた。
ブランクは1年7ヶ月。たかが1年7ヶ月、されど1年7ヶ月。なかなか勘が取り戻せなかった。そして何より、問題のパワーポイント。パワポに欠かせないExcelも、私にはできなかった。
面接では、そのことを正直に話していた。「パワポや社内用語は隣の席で教えてもらえる」というのが、採用時の条件だったはずだ。しかし実際には、空いている席は所属部署から離れた場所にあり、多忙な中で質問をしても「少し待って」と言われたまま、時間だけがどんどん過ぎていく。仕方がないので、わからないことはAIに聞きながら解決していくしかなかった。
実は、私の採用が決まった日に、翻訳の一部を担当するはずだった妊娠中の女性が病気と診断された。彼女は急遽、時短かつ在宅勤務になり、社内用語を教えてくれるはずの人がいなくなってしまった。会社のHPの資料の日本語版と英語版を確認しながらでは、どうしても時間がかかる。
1日の終わりに上司に呼ばれ、「仕事が遅すぎる」と言われた。言いたいことは山ほどあったが、すぐに言葉が出てこなかった。上司も派遣会社の担当者も、私の発話障害のことは知らない。意図的に隠したわけではなかった。Zoomでの面接は、最初の自己紹介以外は一方的に質問に答えるだけの、あっという間の30分間だった。今となっては、1ヶ月の短期契約で働く会社に、病歴などの個人情報を伝える義務があるのか、と正直疑問に思う。何しろ私の仕事は翻訳だ。発話は不要のはずだった。
消えた単語、信頼できない英語力
会社のHPに掲載されている決算短信の英語版を見た時、率直に言って稚拙な文章だと思った。be動詞を多用しすぎている。英語は同じ単語の繰り返しを嫌う言語だ。「下がる」という意味のdecreaseを繰り返すのではなく、declineのような同義語に変える、あるいは言い回しを変えるのが鉄則である。そのことは上司にも説明した。それで名詞はそのまま変更せず、動詞などは適宜変更する、ということで話がまとまった。
しかし、添削を終えて提出すると、「毎年同じ言い回しをしているので、今年だけ違うと困る」と言われた。仕方なく、変更履歴を元に戻した。正直、意味がわからない箇所もあった。試しにAIに聞いてみても、同様に理解できないという。それでも、毎年同じ言い回しなのだからと、そのままにしておいた。
すると翌日、その「意味の理解できない箇所」について聞かれた。正直に「間違っていると思う」と答えたところ、「ではなぜ修正しないのか」と叱責を受けた。
後で分かったことだが、何年も前、ある年から diverse customers という単語が diver customers になっていた。誰も気づかないまま、何年も引き継がれていたのだ。私の英語力が信頼できない、と言われた。
「確認して」の基準は、人によって違う
依頼してくる相手は、いつも同じ人ではない。「間違いがないか確認して」と言われれば、財務諸表の数字も含めて、すべてを確認する。それは面接の時にも言われていたことだ。A氏の依頼はそれで問題なかった。しかしB氏の場合、数字の確認は不要だったらしく、「無駄なことをした」と責められた。
カラー印刷と、板挟みの金曜日
パワーポイントを教えてくれるはずの男性は、来週から2日間出張に行くという。その金曜日の夕方、彼から仕事を頼まれた。
間違いを訂正しようとパワーポイントをクリックしても、ダブルクリックしても反応しない。どうしていいか分からず聞きに行くと、「紙に赤で訂正してほしい」と言われた。赤ペンで訂正するのは構わない。しかし、人の筆跡は読みにくい。それに、いちいち手作業をするのは時間がかかるので、本意ではなかった。いくら金曜日の夕方とはいえ、本来ならパワポでのやり方を教えてくれるべきではないだろうか。
そして、彼は私のPCから、その文書の日本語版と英語版を印刷した。
プリンターまで取りに行く。ちなみに私は、プリンター用のカードキーを貸与されていないため、印刷のたびに12文字の組み合わせのIDとパスワードを毎回入力しなければならない。
印刷物を見ると、片面印刷のカラーだった。実はA氏から、「カラー印刷は費用がかかるから、自分は両面・白黒でしか印刷しない」と聞かされたばかりだった。「社内には、それを気にせずカラー印刷をする人がいる」と、腹立たしそうに言っていたのも聞いていた。ほんの30分くらい前のことだった。
私のPCは、デフォルトで白黒印刷に設定されていたようで、それまではすべて白黒だった。しかしB氏は、設定をカラーに変更して印刷したらしい。彼のデスクに山積みになっている書類は、すべてカラーだった。
そしてタイミング悪く、A氏がやってきた。「カラー印刷はやめてくれる?」と、強い口調で言われた。私は「わかりました」とだけ答えた。誰が印刷したかを告げ口するのは、好きではなかった。
来週も、出社
木曜日、「来週からもオフィスに来てほしい」と言われた。在宅勤務になった女性と連絡を取るのに、時間がかかるらしい。チャットを使っているそうだが、体調が悪いのか返信が来ないことが多く、とうとう電話をかけていたが、それも出なかったという。そんな中で、私まで在宅になったら困る、ということのようだった。
当初の話では、出社はPCを借りに行く初日と、返却する最終日だけのはずだった。それ以外は在宅で構わないと言われていた。しかし、私がパワーポイントなどに慣れるまでは、出社してもらって教える、という話に変わった。教えてもらえるのなら、これほど嬉しいことはない。最初はそう思い、有り難い提案だと受け止めていた。
例えば、「再編」という単語は、決算短信で reorganization を使っていたか、restructuring を使っていたか——そういう質問なら、私のところに来れば即答できる。昨年度の決算短信に合わせた単語を使うよう言われているからだ。
来週からはB氏の仕事も担当することになるが、パワーポイントなどを教えてくれるはずの彼は、月曜と火曜、出張でいない。「えっ」と驚いた私に、彼は「何かあったらメールをください」とだけ言った。派遣社員の私は、チャット機能さえ使わせてもらえないらしい。メールを読んでくれるかどうか不安である。
歓迎されていない、という感覚
最初は笑顔で迎え入れてくれた部署のメンバーも、今は違う。明らかに態度が変わった。歓迎されていないことは確かだ。「こんなはずではなかった」と思っているに違いない。
この1週間、食欲がなく、夕食はヨーグルトとミニトマトの日が続いている。ストレスなのだろうか、胃も痛む。いつまで、この状況が続くのだろうか。
それでも、辞めるという選択肢は、まだ私の中にはない。せっかく懇意にしている派遣会社が紹介してくれた仕事だ。恥をかかせるわけにはいかない。なんとしても、失った信頼を取り戻したい。
その後どうなったのか、次回、綴っていきたいと思う。



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