第9.7章(後編):英語屋になった私とAI翻訳の台頭|気づいたら「英語以外に何もない」人間になっていた

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気がついたら、私は「英語屋」になっていた。

英語が専門で、英語以外に取り柄のない人間。それが正直なところだ。


英語屋として生きた日々

それでも、しばらくは良かった。日本には英語が得意な人が少なかったからだ。英語ができるというだけで、私の仕事は安泰だった。

しかし時代は変わり始めた。


機械翻訳との最初の出会い——「伊達」事件

今から約20年前、会社が機械翻訳を導入した。

性能は散々だった。笑えるほどひどい出来だったことを今でも覚えている。

たとえば、ビジネス文書に必ず記載される「Date(日付)」が、すべて「伊達」と訳されていた。これはほんの一例で、一時が万事この調子だった。

結局、会社は機械翻訳を導入することを諦めた。性能が悪いだけでなく、機械に正しい和訳を覚えさせるための入力作業が膨大で、人員が足りなかった。そもそも一つの英単語に対して一つの日本語が対応するわけではない。状況に応じて使い分けなければならないのが、翻訳という仕事だ。


「ギリギリ逃げ切れる」という誤算

私は少しずつ性能が上がっていく機械翻訳を眺めながら、自分の年齢を加味して一つの結論を出した。

定年までに機械翻訳が商業ベースに乗ることはない。ギリギリ逃げ切れる。

しかしそれは誤りだった。

特にここ数年、AI翻訳の性能があれよあれよという間に向上し始めた。AIの最大の強みは、人間と違って絶対に忘れない記憶だ。膨大なデータを学習し、文脈に応じた訳語を瞬時に選ぶ。あっという間に、翻訳専任のポジションはAIに取って代わられていった。

翻訳専任だった友人の何人かは、全く関係のない部署に異動になり、慣れない仕事をしている。私は偶然にも病気になり、傷病手当を受けながら療養している。


ハローワークで「年齢」を理由に諦めた夢

傷病手当を1年半受けた後は、失業手当を1年半受けられる。その間に新しいスキルを身につけようと思った。

最近このブログを立ち上げ、ITやAIにも興味を持ち始めた私は、「AI・Web・マーケティング総合科」を受講しようとハローワークに足を運んだ。

しかし担当者にこう言われた。

「年齢のことを考えると、仮にそのクラスに合格して受講できても、企業は若い人を雇用したがります。せっかく資格を取っても、仕事に結びつかない可能性が高いですよ」

締め切りが当日だったこともあり、結局どのクラスにも申し込むことができなかった。代わりに勧められたのは、翌月開講する通関士、医療事務、簿記、MOSなどのクラスだった。


後悔—英語以外の武器を持てばよかった

大学時代に、英語以外に日本でも役立つ資格を取得しておけばよかったと思う。たとえばUSCPA(米国公認会計士)やTESOL(英語を母語としない人への英語教授法)だ。

帰国後も、通訳・翻訳の勉強ばかりしないで、せめて第2プランとして英語以外の使える資格を取得しておけばよかった。

今となっては後悔せずにはいられない。


それでも、まだ間に合う

しかし、諦めてはいない。

興味の持てる仕事に直結する何かを、まだ探し続けている。このブログもその一つだ。ITやAI、Webマーケティングへの興味は、確かに芽生えている。

人生に「手遅れ」という言葉を、まだ使いたくない。

勉強に遅すぎることはない。60代でブログを始め、AIやITに興味を持ち始めた今がその証明だと思っている。何歳からでも、新しいことを学ぶ扉は開いている。

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アメリカ留学への後悔—本当の意味で

この後編を書きながら、改めて思う。

アメリカ留学で得た英語力は、間違いなく私の人生を切り開いてくれた。しかし英語という一本の柱だけに頼り続けたことが、AIという嵐の前で私を無防備にした。

留学して良かった。しかし英語屋で終わった自分への後悔も、正直にある。

次の世代に伝えたいことがあるとすれば、これだ。

英語はあくまでツールだ。そのツールで何をするか——それを留学中に真剣に考えてほしい。


前編はこちら:第9.7章(前編):アメリカの大学を卒業して良かったこと・後悔したこと【ニューヨークで就職した私の本音】

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