*この記事にはアフィリエイトが含まれてる可能性があります。
6月末、療養期間の終了と失業手当の手続き
6月末、療養期間にひと区切りがついた。医師にもハローワークの学校に通学する許可、無理をしない範囲での就業の許可も得ている。就業可能の診断書を持ってハローワークに向かい、失業手当の手続きを申請した。ようやく、社会復帰に向けての一歩を踏み出せる。そう思ってワクワクした。ほんの1.5年だが、3度の入院と2度の手術、通院、検査、リハビリ。私にはとてつもなく長く感じた。
今の私には、発話障害というハンディキャップが残っている。リハビリと通院も、まだ継続中だ。定期的に診察やCTなどの検査のために、会社を休む必要も出てくる。だからこそ、応募する仕事は「長期で働けるかどうか」だけでなく、「リハビリや通院、定期検査を理解してくれる職場かどうか」も、重要な条件になる。国立がん研究センター中央病院にまで来てくれた、がんサバイバー担当のハローワークの担当者からも、そう助言された。
予想外の在宅ワーク、そして現実
そんな折、随分前にお世話になっていた通翻訳専門の派遣会社から連絡が来た。1ヶ月限定の仕事の依頼だった。7月27日から9月1日までという期間と在宅勤務ということで、二つ返事で引き受けた。
派遣会社と派遣先との面談は、Zoomで行われた。あまりに緊張していたために、発話障害のことを伝え忘れた。いずれにしろ、短期間の在宅勤務の上、翻訳専任なので発話は必要のないポジションだ。言う必要のない個人情報だとも思った。
最初は、PCを受け取りに行く初日と、返却に行く最終日以外は在宅勤務の予定だった。指示はチャットかメールで行われる。だからこそ、今の自分でもできると思い、決断した。しかし、結局いまだに通勤する日々が続いている。
20社以上、書類選考で落ちた
仕事をしながら、次の仕事も並行して探している。しかし、この2週間の間に20社以上の会社から、書類選考の段階で断られている。
病気の話は、まだ一度もしていない。面接までいっていないからだ。理由ははっきりしている。年齢だ。
エージェントの半数は、はっきりと「年齢」を理由に挙げた。中には、長年懇意にしてきたエージェントの担当者もいた。オブラートに包まず、本音で話してくれた。「若手を育てたい」「企業の定年は60歳、延長しても65歳。もうすぐシニアと呼ばれる年齢に差しかかる方をご紹介するのは難しい」。
はっきりと言われて、ショックがなかったと言えば嘘になる。それでも、曖昧にはぐらかされるより、正直に話してもらえて、救われた部分もあった。
もう一つの壁、AIに奪われた仕事
年齢だけが理由ではないと思っている。翻訳という仕事そのものが、大きく変化している。AI翻訳の精度は年々上がり、かつて人にしかできなかった仕事が、急速な勢いでAIに置き換えられている。25年以上、英語だけで生きてきた身にとって、これは受け入れなければいけない、もう一つの現実的な壁だ。
来月に控える、障害認定の面接
そしてもう一つ、大きな出来事を控えている。来月、障害者として認定されるかどうかの面接がある。これも、これからの働き方を左右する、大切な分岐点になる。
認定されれば、公式に障害者と認められることになる。
昨年逝去した母は、人工の股関節を入れる手術をして、障害認定を受けていた。手術後も頻繁に上京していた。一緒に美術館やデパートなどによく行ったものだ。「美術館は無料なのよ、付き添いのあなたも無料なの」。障害者手帳を見せながら、そう言っていた母を覚えている。しかし、結局母は障害者手帳ではなく財布を取り出して、2人分の入場券を購入していた。
今になって、あの時の母の気持ちがわかる。
年金機構の担当者からは、障害者に認定されれば、障害者枠で仕事探しができるので、仕事が見つかりやすくなるかもしれないと言われた。しかし、私はそれを望んでいない。私はリハビリを頑張って、元の通りに話せるという奇跡を起こすつもりでいる。
奇跡など、本や映画の中でしか起こらないと思っている人がいたら、それは間違いだ。このブログでも書いた、私の大学時代の友人の長男は、生後6ヶ月の時に白血病にかかり、長い闘病生活の末に治癒した。彼と共に病魔と闘ってきた友人たちの中で、生き残っているのは彼だけだ。敬虔なクリスチャンである彼女や家族、友人の祈りが届いたと、私は信じている。
その友人については第8章:留学初日にノートを借りた友人と40年以上続く国際的な友情を読んで欲しい。
それでも、伝えたいこと
今、まだ答えは出ていない。次の仕事も見つかっていない。それでも、この状況を正直に書き残しておきたいと思った。
同じように年齢を理由に道を閉ざされているシニアの方々、闘病を経て社会復帰を目指している人たち。もし今、同じ壁にぶつかっているなら、一人ではないということを伝えたい。そして、いつか私が次の一歩を見つけられたなら、その道のりも、また正直に記録していくつもりだ。


コメント