第18.7章:1980-90年代の日系銀行と女性差別のリアル|興信所・一人暮らし禁止・26歳は「若くない」

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これは、上司から聞いた話だ。

今の時代には信じられないかもしれない。しかし1980-90年代の日本の銀行では、これが当たり前だった。


日本での女性の採用基準:一人暮らしは即アウト

私が勤務していた銀行の日本での女性の採用には、非常に厳しい基準があった。

まず、一人暮らしをしている女性は採用基準から外れる。

つまり、地方から東京の大学に出てきて一人暮らしをしている女性は、全員採用の可能性がないということだ。本人の能力や学歴は関係ない。「一人暮らし」というだけで、門前払いだった。


興信所による身辺調査

さらに驚くべきことがある。

採用候補者一人ひとりに信用調査会社(興信所)がつけられ、ある程度の期間、調査が入る。本人だけでなく、家族まで調べられる。

たとえば、大学を中退して定職に就かない兄弟がいたら、それだけで終わりだ。本人の実力とは一切関係ない。家族の身辺も採用の可否を左右した時代だった。


短大卒が4年制大学卒より多く採用された理由

当時は4年制大学卒よりも短大卒の女性の方が多く採用されたという。

理由は単純だ。若いから。

早く社内恋愛をして退職してもらい、また新しい若い女性を採用する——そういう発想だった。女性社員は銀行の男性社員のお見合い候補でもあったという。

今聞けば絶句するような話だが、当時はそれが「普通」だった。


26歳で「年くっているからな」

当時の銀行には、現代では考えられない明確な「女性雇用のサイクル」が存在していた。短大卒の若い女性を多く採用し、数年勤めて社内結婚で寿退社してもらい、また新しい若い女性を補充する。それが組織の代謝を保つ暗黙の方針だったのだ。

そんな時代背景の中、ある女性社員が離婚を機に、NY支店から日本の支店への配置換えを希望したことがあった。しかし、それに対する課長の返答は冷ややかなものだった。 「もう26歳だろう。会社としては年齢的にも難しいと思うよ。」

26歳。現代ならキャリアの土台を築き、これからいくらでも飛躍できる眩しい若さだ。しかし当時のその歪んだ構造の中では、独身の26歳という年齢はすでに「売れ残り」とみなされてしまっていたのである。

案の定、課長の口利きがあっても、日本の銀行のどの支店にも採用されなかった。26歳という年齢が、採用の壁になったのだ。


現地採用は比較的公平だった

一方、私たち現地採用の選考は、コネ入社を除けば比較的公平に行われたと思う。

面接で家族構成を聞かれたが、形式的なものだった。父はライバルの旧財閥系企業に勤めていたが金融ではなかった。母は専業主婦、妹はイギリスに留学中。そんな軽い説明だけで、家族構成については問題なかったようだ。わざわざ日本の興信所に調査を依頼することもなかったようだ。

女性の学歴についても、日本ほどこだわっていなかった。ハーバード大学やスタンフォード大学のような超高学歴の人はいなかった。アメリカ人と結婚して永住権を持っている女性は、高卒でも採用されていた。


女性の出世は課長止まり

陰では「お局さま」と呼ばれていた30歳ほど年上の女性の先輩が2人いたが、一人は副課長、もう一人は平社員だった。入行して30年以上が過ぎ、それなりの経験は積んでいるはずだった。そして、その先に出世する様子も皆無だった。

男女差別は甚だしかった。しかし当時の私は、それを当然だと思っていた。それほど気にならなかった。

今振り返れば、いかに時代に染まっていたかがわかる。


法律の変化

日本では1986年に男女雇用機会均等法が施行された。しかし当初は事業主の「努力義務」に過ぎず、法的拘束力は弱かった。

1999年になってようやく、募集・採用・配置・昇進における男女差別が、努力義務から禁止規定に改定された。

法律が変わるまでに、施行から13年かかった。その間、何人の女性が理不尽な壁に阻まれたかを思うと、複雑な気持ちになる。


まとめ

1980年代の日系銀行における女性への扱いは、今の基準では到底考えられないものだった。

一人暮らしで失格。家族の身辺調査。26歳で「年をくっている」。課長より上には行けない天井。

当時の私はそれを「当然」と受け入れていた。しかしそれは、時代がそうさせていたのだと今は思う。

あれから40年。日本社会における女性の働き方は大きく変わった。しかしまだ変わりきれていない部分も、確かに残っている。

時代や組織のシステムがどうあろうと、最後に自分を助けてくれるのは、誰にも奪われることのない「本物の実力」だ。特に世界共通の武器である「英語力」は、時代を超えて選ばれる女性であり続けるために、何より強い盾となり、矛となってくれる。

だからこそ、日々の継続的なブラッシュアップが不可欠なのだ。

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