コラム:NYで一人暮らし:1980〜90年代の家賃・物価・生活費のリアル

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はじめに

マンハッタンの一人暮らしと聞くと、今でも「高そう」というイメージがあるだろう。実際、1980〜90年代のニューヨークでも、生活費は決して安くはなかった。ただ、工夫次第でそれなりに充実した生活は送れた。銀行員として働きながらウエスト56丁目のアパートに住んでいた当時の記録を振り返る。


家賃と立地

住んでいたのはウエスト56丁目の24時間ドアマン付きアパートで、月1,600ドルだった。ブロードウェイにも近く、カーネギーホールも徒歩圏内。セントラルパークにも歩いて行ける、マンハッタンの中心部ならではの立地だった。家賃は高かったが、この環境は何物にも代えがたかった。


地下鉄

地下鉄はトークンを使って乗る時代だった。最初はクオーター(25セント)だったが、突然値上がりすることがあり、そのたびに財布の中身を確認したものだ。今のOMNYのようなタッチ決済とは程遠い、アナログな時代の話である。


食費

銀行にはカフェテリアがあったが、メニューは高カロリーのものばかりだったため、毎日和食のお弁当を作って持参していた。健康管理という意味でも、節約という意味でも、自炊は欠かせなかった。

外食では和食は高級の部類に入っていた。それでもランチなら握り寿司が12ドル(チップ・税抜き)ほどで食べられる店もあり、時々の楽しみにしていた。

当時、手打ちうどんの店がオープンし、一杯20ドル(チップ・税抜き)近くした。高価に感じながらも、その味は格別だった。なかなか気軽に行けるような値段ではなかったが、それでも足を運んだ。

ちなみに、学生時代のウィスコンシンではカトリックの影響で金曜日は魚を食べる日だった。マンハッタンの銀行のカフェテリアの金曜日はアメリカ人が大好きなピザの日で、その日に限ってカフェテリアから日本人の姿が消えた。

ドアマンあるあるエピソード

24時間ドアマンがいるということは、セキュリティが万全である一方、訪問者には厳しいルールが適用されます。友人が来ても、顔がそっくりのいとこが来ても、私がフロントまで迎えに行かなければ通してもらえませんでした。

ただし、一人だけ例外がいました。中華系アメリカ人の友人です。なぜか彼女だけはフリーパスでした。理由はいくつかありました。

まず、彼女はクイーンズ在住で職場がマンハッタンだったため、ご主人が海外出張に行くたびに泊まりに来ており、毎週のように顔を出していました。さらに、私がフロントまで迎えに行くといつもハグをする明るい性格で、英語に問題がないため、いつの間にかフロントスタッフやドアマンと仲良くなっていました。その結果、ドアマンは彼女を私の姉だと思い込んでしまったのです。ちなみに彼女は私より年下です。顔がそっくりのいとこですら例外にならなかったのに、不思議なものです。彼女は生涯にわたる私の親友です。

美容院問題:東洋人の髪はこんなに違う

NYに来て一番嬉しかったことの一つが、日本人経営の美容院に行けるようになったことです。

ウィスコンシン時代の美容師さんは腕は確かでしたが、東洋人の髪質に慣れていませんでした。少しずつ切るのではなく、ばっさりとハサミを入れるため、外側の毛だけが短くなってしまい、いつも手入れに困っていました。

また、アメリカの美容院で驚いたのは、学生がシャンプーもドライヤーもお願いせず、濡れたままの髪で帰っていくことでした。美容院がモールの中にあったため、そのまま買い物に行き、髪が乾いたら自宅に向かうという流れでした。私がシャンプーとドライヤーのセットをお願いすると、逆に美容師さんに驚かれてしまいました。文化の違いをこんなところでも感じました。


ダンススクール

ブロードウェイに近かったこともあり、ブロードウェイのダンススクールに通っていた。チケット制で、1枚でどのクラスにも参加できた。10回分で80ドルほどだったと記憶している。

ある日、何も考えずにヒップホップの初心者クラスに入ったところ、完全に場違いだと思い知らされた。生徒の多くはティーンエージャーで、黒人やラテン系が中心だった。リズム感もスタイルも次元が違う。腰の位置からして異なるのだ。

それ以来、クラスを選ぶ基準は「生徒の顔ぶれ」になった。白人や東洋人の多い初級クラスを選ぶようになり、ようやく自分のペースで楽しめるようになった。


まとめ

1980〜90年代のマンハッタンの生活費は、家賃だけで月1,600ドル。毎日お弁当を持参しながら節約する一方で、カーネギーホールやセントラルパーク、ブロードウェイのダンススクールといったニューヨークならではの文化を存分に楽しんでいた。地下鉄のトークンの値上がりに一喜一憂しながらも、手打ちうどんに感動した日々は、今でも鮮明に覚えている。

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