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ハグリッドに似た相棒、ジェームスと
卒業の必須単位として、学内ギャラリーで二人展を開催した。相棒はジェームス。一回りほど年上で、パートナーと一緒にフォルクスワーゲンのバンに住んでいた。生活水は教室の水道で汲んでいた。くるくるの天然パーマに豊かなヒゲ、長い髪——ハリー・ポッターに登場するルビウス・ハグリッドそのものだった。私は彫刻、彼は絵画を担当した。
2メートルのメタル製の作品が売れた
展示作品の中には、メタルで制作した2メートルを超える彫刻もあった。展覧会中、この作品はクリーニング店などを経営する会社のオーナーの目に留まり、購入された。現在も彼の会社のロビーの片隅に飾られているはずだ。セラミックで制作した抽象彫刻も何点か売れた。
売上の10%はギャラリーに納め、残りは授業料から差し引かれた。留学生は、アルバイトはもちろん、いかなる方法でも収入を得てはいけない決まりだったからだ。後にニューヨークに引っ越してから、日本食レストランでアルバイトをしている学生を見かけたこともあったが、見つかれば強制送還になる。
初日に200名以上の来場者
オープニングには学生バンドに演奏してもらい、スナックも用意した。私が担当したのは揚げ餃子と炊き込みご飯のおにぎり。揚げ餃子は寿司桶をお皿代わりにして盛り付けた。おにぎりはあえて海苔を巻かなかった。当時のウィスコンシンでは和食はまだ珍しく、真っ黒い海苔を敬遠する友人たちを何度も見てきたからだ。カレーも考えたが、匂いが気になって断念した。食べ物を持ち寄るポットラックパーティ(Potluck Party)で人気No.1は常にカレーだった。
初日だけで200名以上が来場した。そのうち4分の1は友人や知人、教授など顔見知りだったが、それでも大盛況だった。私は母が日本から送ってくれた檸檬色の華やかなドレスを着て、来場者たちと言葉を交わした。
ローカル紙に掲載されたスター
この時の写真はローカル紙に掲載された。実は、これが初めてではなかった。遠く離れた日本から来た留学生として、地元紙に度々紹介されていたのだ。ウィスコンシンの片田舎では、私はちょっとしたスターだったのである。
揚げ餃子の盛り付けに使った寿司桶は、今でも自宅で手巻き寿司やちらし寿司を楽しむのに重宝する。パール金属 手巻き ちらし寿司 5点セット 寿司桶 30cmはしゃもじ4本付きで使いやすく、おもてなしにも普段使いにも重宝する。


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