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「黄色い紙」が就労許可証だった時代
私が大学を卒業した当時、インターネットはまだ存在していなかった。そのため、手続きもすべてアナログだった。
大学卒業時、留学生アドバイザーからパスポートに挟む「黄色い紙(I-20 IDのコピー)」を渡された。そこには、インターン(当時の「実務研修制度」)の許可が記載されていた。
現在はUSCISやSEVISが介在し、手続きは複雑だ。しかし当時は違った。大学のアドバイザーがその場でサインするだけで、就労許可の証明になった。実にシンプルな時代だったのである。
こうして私は、その黄色い紙を携えた。そして、旅行会社でのインターンをスタートさせた。
大手日系旅行会社の裏側は、違法就労だらけだった
実際に出社して驚いたことがある。違法に働いている人が、非常に多かったのだ。大手日系旅行会社の一つであるにもかかわらず、社員の半数近くが違法な状態で働いていた。しかも、給料は安かった。
たとえば、観光ビザのまま入国し、そのまま働き続ける人。あるいは、学生ビザで入国したのに、学校には通わず働く人。さらに、ツアープランナーなど外部スタッフにも、違法労働者は多くいた。
中には、グリーンカードを申請中で、5年も日本に帰国できないまま発行を待つ人もいた。また、アメリカ人男性との結婚を控えている人も何人かいた。彼女たちは結婚後すぐに、仮のグリーンカードを手にした。つまり、違法労働者から正規労働者へと、たった1日で立場が変わったのである。
合法と違法。その境目が、これほど薄氷の上にあることを、当時の私は肌で知った。
退職日、支店長の一言
1年のインターンを終え、退職する日がきた。支店長には「早くアメリカ人男性と結婚して戻ってきてね」と言われた。私は社交辞令のつもりで「もちろんです」と答えた。今でも、そのやり取りを覚えている。
後日談——エレベーター前での再会
その後、私はアメリカ人男性と結婚しなかった。代わりに、ワーキングビザを発行してもらい、銀行に転職した(詳細は第12章:33倍の競争率を突破した就職面接|ニューヨークの日系銀行に採用された理由に続く)。
ところが、ある日事件が起きた。銀行のエレベーター前で、あの支店長にばったり会ってしまったのだ。
とっさにエレベーターへ逃げ込もうとした。しかし、支店長は私の腕をがっしりと掴んだ。そして、「どこに勤めているの?」と尋ねてきた。私が「日本で最大手の銀行のNY支店です」と答えた途端、彼は30枚ほどの名刺を差し出した。「銀行で配っておいて」というのだ。
あいにく、その銀行はライバル会社をメインバンクにしていた。そのため、その名刺を配ることはなかった。
あの日の「もちろんです」は、社交辞令のつもりだった。しかし数年後、まさかこんな形で答え合わせをすることになるとは、思ってもみなかった。
振り返ると、私は運良く正規のビザで銀行に転職できた。しかし、周りには何年も不安定な立場のまま働き続けていた人も多くいた。
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