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第9.75章:更生施設の子どもたちに会いに行った日|マイナー生活の合間に交わった2時間
友人からの誘い
留学初日にノートを貸してくれた友人とは、そこから40年以上続くことになる国際的な友情で結ばれることになる。彼女の母親は、子どもの更生施設で働いていた。その影響もあってか、彼女自身も更生施設でボランティアをしていた。住む場所のない、親に面倒を見てもらえない子どもたちのための施設だ。
ある日、日本人の友人がいると話したら、「みんな会いたがっているから、一緒に来てくれないか」と誘われた。子どもといっても年齢の幅はさまざまで、年長組は15歳にもなるという。正直、少し怖かった。
映画やドラマの見過ぎだったのかもしれない。私はそういう少年少女に対して、タトゥーが入っていて、ピアスをたくさんつけたパンクロッカーのようなイメージを持っていた。話が合うかどうかもわからないし、自信もなかった。それでも「来てくれるだけでいいから」と言われて、彼女の車に乗った。
更生施設ってどんな場所?
問題を抱えた少年少女向けの更生・再教育施設は居住型だった。問題行動や依存症、精神的なケアが必要な少年少女が生活する場所で、寮のような部屋も完備されていた。
教室で待っていた子どもたち
ある教室で、約10人の少年少女が私を待っていた。意外と普通の友達のように見えた。もしかしたらそう見えるように振る舞っているだけかもしれないが、実際の年齢よりも大人びて見えた。
反対に向こうからは、152センチで丸顔童顔の私が友人と同じ大学生には見えなかったらしい。「飛び級をしたのか」と聞かれたほどだった。
「日本人はウォークマンを持ってる?」
「SONYの国」から来たと聞いてか、「日本人は全員ウォークマンを持って学校に通っているのか」と聞かれた。「じゃあ日本人は歌が上手いの? ダンスは?」矢継ぎ早の質問に、答えに困った。
とまどった話し方
質問の内容もそうだが、話し方にも戸惑った。彼らとそれほど年齢は違わないのに、話し方がまるで違う。文法の崩れが多いのは若さゆえなのだろうか。”He don’t know nothing.” や “I ain’t got no money.” といった言い回しが飛び交う。英語が母語ではない私には、余計に理解が難しかった。
しかも話すスピードが速い。数人が同時に話し始めるものだから、どう対応していいかわからず戸惑っていると、友人が間に入って舵を取ってくれた。
それぞれの事情、それぞれの夢
日本の知名度はそれほど高くなく、中国の一部だと思っている子もいた。それぞれの子どもが事情を抱えていた。本人のせいというより、様々な事情が重なってここに辿り着いたように感じた。
「早く大人になって仕事をして、自由に生きていきたい」と言う子が多かった。将来の夢を尋ねると、「まだない」と答える子も多かった。友人の実家で親戚の子どもたちと話したときは、アメリカの子どもはすでに夢を持ち、将来もしっかり考えているものだと思っていた。でも、みんながみんなそうではないらしい。
発音を教え合った時間
私がRとLの発音が難しくて苦労していると言うと、我も我もと発音を教えてくれた。当たり前だが、みんな発音がきれいだ。「英語が難しくて、いっそアメリカ人に生まれたかった」と言うと、「本当に?」と目を輝かせる子が多かった。
思えばこの頃から、発音だけは早めにきちんと直しておくべきだったと感じている。今、留学や仕事で英語を使う人には、オンライン英会話などで発音を集中的に鍛えることをおすすめしたい。
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女子会のように盛り上がった夜
子どもの頃からバービー人形が好きで、金髪に憧れていた。そんな話をした流れで、中学生のとき流行った噂の話もした。「コーラで髪を洗うと黒髪がブルネットに変わる」という噂を信じた同級生が、毎日コーラで髪を洗い続けたのに、結局黒いままだったという話だ。これが大爆笑だった。
「なんで黒い髪が嫌なの?」と聞かれ、「嫌というわけではないけれど、黒しか選択肢がないのよね」と答えた。すると金髪の女の子の一人が言った。「私はネイティブアメリカンの子みたいに、まっすぐで真っ黒な髪が良かった」。そこから女の子たちとは女子会のように盛り上がった。ただ、男の子たちは最後まで心を開いてくれなかった。
一番年下の男の子の夢
一番年下の男の子は、事情があって一時的にそこに預けられているだけらしい。「俳優になるか消防士になるか迷っている」と話してくれた。「俳優になって消防士の役を演じたら、2つの夢が叶うよ」と言うと、「日本人は頭がいいね」と返された。
私は日本人の代表でもない。でも彼らにとって初めて会う日本人だったせいか、私イコール日本人という図式ができあがってしまっているようで、急に不安になった。
叶わなかった約束
滞在時間はわずか2時間ほどだった。帰る頃には「また話しに来たい」と思っていた。でも、その願いが叶うことはなかった。マイナーの単位を取り終えると同時に、今度こそ本当に大学を去ることになったからだ。になったからだ。
*この友人については、第8章:留学初日にノートを借りた友人と40年以上続く国際的な友情に詳しく書いています。


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