第8章:留学初日にノートを借りた友人と40年以上続く国際的な友情

ウィスコンシンの家族、そして大阪の家族へ

在学中、彼女は私を異国から来た留学生としてではなく、一人の親友として家族の輪の中に招き入れてくれた。特に印象深いのは、初めて招かれた感謝祭(Thanksgiving)だ。ウィスコンシンの広々とした実家で、七面鳥を囲みながら彼女の両親や弟と過ごした時間は、凍えるような中西部の冬の中で、私の心を温めてくれる大切な居場所となった。

その絆は、大学卒業後も形を変えながら続いていった。二人で、彼女の従兄弟がボランティア活動をしていたフィリピンへ旅をし、その帰りに彼女を私の大阪の実家へ連れて帰ったこともある。私の両親も、海を越えてやって来た彼女を温かく迎え、片言ながらも笑顔で会話を交わしながら食卓を囲んだ。その光景は、今でも鮮明に心に残っている。

郵便が繋いだ、40年の空白なき時間

卒業後、彼女はウィスコンシンに残り、私は日本、そしてニューヨークへとキャリアを広げていった。当時は今のようにSNSもメールもなく、連絡手段は国際郵便だけだった。

仕事に追われる日々も、生活環境が変わる節目も、私たちはエアメールを送り続けた。結婚したこと、キャリアに悩んでいること、新しい家族ができたこと――便箋に綴られた彼女の筆跡を見るたび、遠く離れたアメリカの空の下に、私を理解してくれる人がいる。その事実に、私はどれほど救われたことだろう。

次世代へと受け継がれる「日本との縁」

気づけば、彼女は三人の子どもを持つ母親になっていた。

驚いたのは、彼女の長女が日本に強い関心を抱き、大学で日本語を学び始めたと聞いたときだ。私が長年送り続けてきた日本の絵葉書や美しい風景写真が彼女の部屋に飾られ、異国への憧れを育んでいたという。

「いつか、お母さんが訪れた日本に行ってみたい」

娘さんのそんな言葉を聞くたびに、四十年前、震える声で交わした小さな会話が、次世代の若者の心にまで繋がっているのだと感じる。

たった一歩の勇気が、一生の宝物になる

あの時、もし私が恥ずかしさに負けて声をかけていなかったら。もし彼女が、私の拙い英語に耳を傾けてくれなかったら。私の人生から、この温かな四十年の記憶は、丸ごと失われていたはずだ。そう思うと、人と人との縁の不思議さを感じずにはいられない。

留学生活で得られるものは、語学力や学位だけではない。文化や国境を越え、魂で繋がれる友人が一人でもいれば、それは人生において何ものにも代えがたい財産になる。

あの日の小さな勇気は、今も私の人生を支える大切な一部となっている。

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