第13.5章:1980-90年代ニューヨークの治安|ナイフ強盗と盗難のリアル体験

はじめに

当時のニューヨークは、現在とは比べものにならないほど治安が悪かった。殺人・強盗・麻薬犯罪が日常的に発生し、マンハッタンに住む者はそれを「日常のリスク」として受け入れながら生活していた。当時の体験をそのまま記録する。

地下鉄でナイフをつきつけられた日

休日の昼間、地下鉄に一人で乗っていると、突然若い男がナイフをつきつけてきた。「MONEY、MONEY」と繰り返すその男に、とっさに財布をそのまま渡した。

車内には他にも乗客がいた。しかし誰一人助けに来なかった。見て見ぬふりをするのが当時のニューヨークの「暗黙のルール」だった。

財布を渡した直後、あることに気がついた。運転免許証が入っていたのだ。当時のニューヨークで運転免許証を再発行するには、平日に丸一日かけて手続きをしなければならない。銀行員だった私にとって、平日に仕事を休んで手続きに行くのは大きな負担だった。

「免許証だけ返してほしい」

男は若い、もしかしたら10代かもしれない。我ながら無謀だと思いながらも、そう口に出してしまった。すると男は何も言わずに財布をそのまま返してくれた。財布の中には20ドルほどしか入っていなかった。いつも少額しか持ち歩かないようにしていたので、お金についてはさほど惜しくなかった。免許証が戻ってきたことの方がよほどありがたかった。

友人のハンドバッグ盗難と「免許証の買い戻し」

同じ大学を卒業したアメリカ人の友人と食事に行った際、彼女のハンドバッグがレストランで盗まれた。席の背もたれにかけていたのが隙をつかれた。

後日、友人のもとに見知らぬ人物から電話があった。

「街中で小物を買ったら、あなたの免許証が入っていた。20ドルで買い戻さないか。」

1980年代のニューヨークでは盗んだものを路上で売りさばく市場が存在しており、盗品が街中に流通するのは珍しいことではなかった。

友人は男友達数人を引き連れて、指定された場所に向かい免許証を買い戻した。特にトラブルもなく無事に済んだというが、それ自体が当時のニューヨークの日常を象徴するエピソードだった。

夜の外出はイエローキャブが鉄則

夜の外出には必ずイエローキャブを使っていた。地下鉄は昼間でもこの有様だったので、夜間の乗車はリスクが高すぎた。

ただし若かった当時の私には別の悩みもあった。運転手からのナンパが頻繁で、それがなかなか面倒だった。安全のためのキャブが、別の意味で気疲れする移動手段になることもあった。

当時、NYで身を守るために心がけていたこと

当時の経験から、以下のことを常に意識していた。

  • 財布には少額のみ入れる(20ドル程度)
  • 夜間は必ずイエローキャブを使う
  • 飲食店ではカバンを体から離さない
  • 地下鉄では周囲に常に注意を払う

まとめ

現在のニューヨークは当時とは比べものにならないほど安全になった。1990年代以降の治安改善政策により、犯罪件数は劇的に減少している。しかし1980年代にマンハッタンで生活した者にとって、ナイフ強盗も免許証の買い戻しも、特別な事件ではなく「日常の一コマ」だった。それが当時のニューヨークのリアルだった。


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